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【陽の雫114】 Trumps 7

「……こちらへ」

赤っぽい焦げ茶の髪の青年は、周囲をうかがいながら背後の男をそっと部屋へ招き入れた。きっちりと軍帽をかぶった長身が、青年に続いてドアの隙間に消える。

ドアを閉め灯りをつけると、埃のにおいが鼻をつく。フェロウ隊の備品倉庫のように使われているその小部屋には、さまざまな書類や備品が半分雑然と保管されている。狭い通路のみ残して周囲三方は無機質な灰色の棚が天井まで据えつけられており、下にはダンボール、中上段には書類がみっしりと詰め込まれていた。

「木を隠すなら森の中へ、か」
「はい。保管しても頻繁に人が訪れても、ここなら逆に目立ちません。……これがクーデターの証拠です。ケントゥリア大佐がこそこそと扱っているのを見ました」

侮蔑とわずかな感嘆の入り混じった表情で、奥の棚にある一冊のファイルを指し示す。両隣と同じように埃にまみれており、指先だけでそっと斜めに引き出すと、カバーに隠れるようにして上部に飛び出している紙片を引っ張った。折りたたんで押しこまれていた書類が手の上に取り出される。

「巧妙な手口です。積もった埃が我々の目をごまかしてしまう。こうして他の通常の書類と重ね持って出入りすれば、まずわかりません。内容は昨日の朝、ご連絡する前に確認しました」
「よく見つけた、テレマン准尉。国家大逆の罪を防ぐ功績は大きい」
「はっ、おそれいります」

青年が踵を合わせて敬礼する。褒められて紅潮させた頬には、所属部隊を裏切る後悔は微塵もない。ある意味素直な、自らの信じる正義に忠実な若い顔だ。こういった視界の狭さと未熟な正義感が同居する若者は、駒としてとても扱いやすい。
紙片の内容をさっと確認すれば、日付といくつもの名前が見て取れた。決行日とクーデター人員に違いない。○や×は何かの符牒であろう、後で分析せねば。ハンカチに包んで押収すると、長身の男は目深にかぶる軍帽を直して部屋を後にした。今頃ターゲットは自ら網に飛び込んでいるはずだ。すぐに仕事にかからねばならぬ。
彼は大手柄をたてた青年を振り返ると、鷹揚に同行を許した。



「……ふむ、彼が。…」

通話を終えた端末をポケットに戻し、窓辺の影はひとり呟いたきり、また視線を雪空に戻した。
しんしんと降り積もる雪は白く美しいのに、空は未来を暗示するかのようにどんよりと暗く濁っていた。



「良く見つけた……うむ。任せる」

グエン・ミン大将は電話の向こうの声に命じ、端末をそのまま机の上に置いた。かつて少年のアルディアス・フェロウを襲い、先日基地の執務室に呼び出して返り討ちにあった男の弟にあたる。
半白髪で顎がなく白髭の兄と比べると、彼はぺったりした黒髪にちょび髭を生やし、黒い瞳以外は外見上まったく似ていない。少年時代から利口で文武両道に秀でており、名門の生まれゆえに大将を拝命してはいるがほとんど名誉職の兄とは違って実際に艦隊指揮を行っている。いわゆる頭の出来が違うともっぱらの評判だった。

今日は部下が挨拶にやってくる日だ。軍法で規定されているわけではないが、ヴェール軍セントラル基地には将官に昇進し自分の部隊をもって三年めの冬、鍛え上げた精鋭を連れて艦隊司令のもとに挨拶に出向く慣例がある。
通常は基地の執務室で行うものであるが、今年はグエンがすでに年末休暇に入っているため自宅へ迎えることになった。数日前その予約が正式な手順で取られたとき、絶好の機会と思って自宅への訪問を許可したのだ。

やってくる若い部下は美しいもの好きの兄が手を出すのもわからなくはない造形ではあるが、それならそれで大人しく飼われておればいいものを、変にのし上がってきた男だ。外見と肩書きが目立つ上、将官のくせに神殿における戦争反対の旗手でもあるのだから始末に悪い。

クーデターは国家転覆の大罪。民主主義がほぼ形骸化しているヴェールでひとたびそれが露見し失敗すれば、まして現職大神官がそれをしたならば、本人だけでなく周囲まで大きく巻き込んでの断罪となることは間違いなかろう。
これを機にこうるさい神殿もろとも叩き潰せるなら悪くない。自然に上がってくる口角を意識して下げつつ、グエンは執務室の扉をノックする獲物にむかい、尊大に入室を許可した。
銀髪の男が部下数名を連れて整列し、敬礼する。

「フェロウ准将、部隊精鋭を伴って参りました。このたびはご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「うむ。君も部隊を持ってもう三年になるか、早いものだ。誘拐集団の検挙などご苦労だったな、艦隊司令のわしも鼻が高い」
「恐れ入ります」

フェロウ隊はもともと人数が少なかったため、多少増えた今でも艦隊として非常に少数精鋭、隊長が若いこともあってグエンがまとめる大隊の中では遊撃手としての扱いになることが多い。そうした中で、敵国衛星奪取、誘拐ムービー事件の拠点制圧とすでにいくつも手柄を立てており、当然それはそのまま上官であるグエンの評価にもなっていた。

(惜しいといえば惜しいのだがな)

しかしここで情をかけてはならぬ。グエン自身の今後の進退のためにも、出過ぎる杭は打たねばならぬだろう。神殿組織を壊滅せしめれば、あとは有名無実化した議院のみ。ヴェールの政治中枢はほとんど軍部の独壇場ということになる。手土産としてこれ以上のものはないのだ。グエンは脂ぎった顔に情け深い表情をはりつかせた。

「ときにフェロウ准将、……少々、変わった話を小耳に挟んだのだがね」
「はっ、何でしょうか」
「なに、少し君に聞きたいことがあるだけだ。わしと君の仲だ、せっかく挨拶にきてくれた可愛い直属の部下、素直に打ち明けてくれれば悪いようにはせんよ」

正直にクーデター計画を打ち明けて懺悔するなら、大逆罪とはせずに兄の子飼いくらいにしてやらなくもない。もちろん自分も便利に使わせてもらうが死なずにすむのだから儲けものと内心つけ足しつつ、猫撫で声で呼びかける。
計画が上官に洩れていたと知り、恐ろしくなったのだろう。両脇にニールスとエル・フィン、左の窓よりにクラウド、部屋の二方にある扉の傍にオーディンを連れた銀髪の男は俯いて目を伏せ、しおらしげな様子をみせた。

「……はい閣下、……実は、折り入ってお話が」
「うむ、言ってみなさい」
「……こちらをご覧いただけますか」

銀髪の男は声をひそめ、背後のニールスが差し出してきた書類を飴色に磨かれた机に滑らせた。
余裕のある薄い笑みをうかべて持ち上げたグエンであったが、紙の上を滑っていた太い指先が、文面を追うごとに細かく震えはじめる。

(……なんだ、これは、)

見覚えのある数字の羅列。
口座名義などはもちろん他人のものだが、これはグエンが児童誘拐グループから得た莫大な収賄の記録だ。どこでこんなものを。
あの馬鹿兄が漏らしたのかと一瞬考え、いやそもそも知らぬはずと思いなおす。
兄の、立場をわきまえず悪行を露見させるあの手際の悪さにはほとほと嫌気がさしている。ゆえに重要なことはほとんど伝えず、大将の数が必要なときにのみ力を頼み、見返りにビデオをくれてやるくらいだった。薄暗い顔つきで兄が大喜びするあのムービーだ。
性的嗜好の違う自分には気味悪い映像でしかないが、あんなものに喜んで馬鹿みたいな金額を払う人間がこの世界にはおり、リスクも高いが立派なビジネスになると知れたのは兄のおかげとも言える。

では誰が。
妻はこの秘密口座を知らない。あとは名義を借りた愛人……あの女か。しかし彼女もどこに作ったかはまでは知らないはずだが、いつのまに調べていたのだろうか。
あるいは誘拐グループ側。西拠点と中央拠点を潰されたのち、数名は捕えられて自白している。組織は厳密に階層に分け、末端が何を言ったところでグエンに追手はかからぬようになっているが、中央拠点で軍制品が押収されたのはまずかったかもしれぬ。
復讐として冬祭りで誘拐を試みたのはグループの幹部達だが、あれも結局子ども達全員を奪還され、現在手下の数人が捕らえられて牢に入れられている。その中にはある程度やりとりのある幹部も混じっているため、グエンはどうしたものかと考えている最中であった。

血走った眼で思わず睨みあげると、自分を見る複数の視線と合った。じっと挙動を観察されている。
グエンは文字通り書類を握りつぶし、片手を払うようにして傍らの端末を手にした。繋ぎっぱなしにしてある回線に、部下たちが声をあげる間もなく声を送る。

「クーデターの証拠が取れたようだな。首謀者以下数名はこの部屋にいる、ただちに拘束せよ」

同時に卓上のベルを鋭く二度鳴らすと、続き部屋へのドアが勢いよく開かれ、待機していた近衛の兵士達がフェロウ隊の面々を素早く取り囲む。訪問は公式記録にも載っているから、謀反の証拠さえ押さえればおびき寄せるまでもなく一網打尽と用意しておいたものだ。
クーデター、それも主役は時の大神官。銀髪の軍神がクーデターを扇動し敗北する様子は、話題性や絵面においてもメディア受けに申し分ない。たとえ同時に収賄事件が出たとしても、事実でもあっという間に霞んでしまうだろう。

いくつもの銃口がフェロウ隊に向けられ、空気が一気に緊迫して凍りつく。
どちらかどちらを拘束し勝利するか、薄紙一重の切り札が互いにすべてを左右する戦場で、グエンの黒い瞳と部下の蒼い瞳とが、しばし無言で火花を散らした。
林立して構えられる銃にフェロウ隊員達がさっと上司を背で囲むように動いたが、銀髪の男の腕がそれを押しとどめる。

「…クーデター、ですか?」

掌を見せて両手を上げながら、むしろゆったりと男が尋ねた。名を知られた武将が相手ゆえにか、武器を構える兵士達の表情は硬い。

「そうだ。残念だったな、先程公安部隊が、君達の部隊倉庫で証拠物件を押収したそうだ。彼が到着次第連行となる。国家大逆は家族にまで類が及ぶ大罪だぞ、奥方は可愛らしい女性だったではないか」

軍の典礼責任者である兄のグエン・カイ特別大将は中央基地の行事とぶつかって出席できなかったが、弟のグエン・ミン大将は夏の結婚披露宴で新婦の顔を見ている。准将には本人よりも夫人を脅しのネタにしたほうが効き目があるだろうとグエンは踏んでいたし、新婚ならさらに効果は高いはずだ。背後のフェロウ隊員たちは眉をしかめているが、当の准将は眉根ひとつ動かさず、落ち着いた声音を出した。

「捜査? 私は何も聞いておりませんが」
「公安による捜査だ。部隊長の了承をとる必要はない」
「確かに隊専用の部屋を無承認で捜査する権限は公安部にしかありません。しかし公安は軍の運営を管理するため、その存在を軍法によって厳しく規定されております。いかな大将とはいえ、閣下の部下として使うことはできないはずです」
「部下としてではない。捜査協力を依頼されたのだよ」
「なるほど、捜査協力……」

銀髪の部下は呟くように繰り返した。事前に情報を知ったのも、回線が繋がっていたのも、すべて捜査協力だ。クーデターという大罪を嗅ぎつけた公安が捜査のために所属の艦隊司令に協力を願い、それに応じただけなのだから何もおかしい点などない。口座記録の登場は予想外であったものの、筋書きはとうに練ってある。
グエン・ミンは整えた髭の下で唇の片端を持ち上げて笑った。

「この期に及んで落ち着いたなものだな。さすが、慣例の表敬訪問を目隠しにクーデターを企てるだけあるわ。偽情報で動揺させ、混乱に乗じてヴェール軍大将であるこの儂の身柄を手に入れ、脅迫の材料にでもしようとしたか」

はっきりした声で偽情報と断じ、大それた男よと言ってやれば、部下は困ったように眉を下げた。

「まさか閣下、そのようなことはありません」
「ふん。猫のようにおとなしく飼われておれば使ってやったものを」
「猫は気まぐれなものですよ」

部下の言葉に重なるように玄関が騒がしくなった。聞き覚えのある声は公安部隊の到着に違いなく、文字通り勝利の足音が近づいてくる。

勝った。
グエンはにたりと笑みを浮かべた。










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◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆第二部【陽の雫】目次


おっそろしく時間がかかってしまいましたが、どうにか更新できました。
お待ちくださっていた皆様すみません、本当に本当にどうもありがとうございます…!

自分でもうんざりするくらい原稿眺めて過ごしてたんですが、形になって良かったよう(T-T)
そして主人公ピンチで引きです。がんばる。




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最新話だ!!! 

あっあっあっ、お、お待ちしておりました!!!
ひええなんてハラハラする展開…!!!
後が気になって仕方ありません。
続きがどうなるか妄想しつつ気長に楽しみにしておりますが、次を少しでも早く読めたら嬉しい旨、文章の神様にお願いすることにします。
  • posted by evah 
  • URL 
  • 2017.05/16 20:27分 
  • [編集]
  • [Res]

 

更新ありがとうございます。

あの方弟さんいらしたんですね。
みなさんいい仕事してますね、
と読後に思ったので、
次回も楽しみしてます。
  • posted by ぽちょる。 
  • URL 
  • 2017.05/16 21:33分 
  • [編集]
  • [Res]

 

うは!
待ってました!
続きに期待‼︎
  • posted by hidesi 
  • URL 
  • 2017.05/17 00:06分 
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  • [Res]

NoTitle 

つ、つ、つぎ、次の展開がぁ…!
胸がバクバクしました。一夜経ってから書き込みする始末(笑)
でも、精鋭のみなさんが側にいるので何か安心感があります。

「猫は気まぐれなものですよ」

ここにクラクラします。アルディアス様〜///
  • posted by ナヲ 
  • URL 
  • 2017.05/17 13:36分 
  • [編集]
  • [Res]

続きが読めて嬉しいです。 

うっわーー。
ここしばらくの不穏な展開は、こんな緊迫場面につながっていたのかと、難産もさもありなんと感じております。
敵視点では今まさに袋のネズミなのですね。ドキドキ。。。
アルディアス様の落ち着いた声、そして傍らには優秀な部下の皆様。きっときっと切り抜けられるはず!!!
続きを楽しみにしています。

  • posted by あおいそら 
  • URL 
  • 2017.05/17 19:40分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 続きが読めて嬉しいです。 

>evahさん
ありがとうございます! 次、書きました…! 
ご覧になって頂けてるでしょうか。
お気に召すといいのですが;



>ぽちょる。さん
いらしたんです弟さん。
そして披露宴のあたりを読むと、しっかりちょこっと登場していますw



>hidesiさん
ありがとございます!
続きも出ましたー!!



>ナヲさん
ここで切るかよ?!ってとこで切りますよね物書きって←
続きお気に召してますように…!



>あおいそらさん
背景も時間も重なって複雑すぎまして、私の脳みそがオーバーヒートしておりました…;
なんとかなっているといいです!

  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2017.06/03 14:29分 
  • [編集]
  • [Res]

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さつきのひかり

Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

エンジェルリンクファシリテーター、
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