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【ハロウィンナイト2016・黒川伯爵に捧ぐ】 天上火

闇の深く昏い夜。封印の解けた棺から起き上がった吸血鬼の前に、目深に黒頭巾を被った男たちがひざまづいていた。

「伯爵様、お目覚めをお待ちしておりました」
「…知らぬ顔ですね」
「これは失礼を。我らは伯爵様のお力を信奉する者でございます。眠りの間に喉がお乾きでしょう、こちらを。百年物の美酒でございます」

先頭の男が棺ににじりより、頭を覆っていた布を肩に落とす。現れたのはがっしりした骨格に彫りの深い知的な顔をした、白髪まじりの壮年だ。彼が背後に合図すると、盆に載ったクリスタルのワイングラスが届けられた。
伯爵が切れ長の目で深紅の液体が満たされたそれを一瞥し、優雅な動きで飲み干すと男たちから抑えた歓声があがる。長い指で空いたグラスを掲げれば、窓からの星影を映してかすかに煌めいた。

「ふむ…悪くない」
「お褒めにあずかり恐悦至極にございます」

恭しく平伏した黒服は闇に溶けて判別しがたいが、その気配は二十ほどか。

「それで、何の用です。今夜の僕は忙しい。麗しき巫女殿のもとに、ダンスを申込みに行かねばなりませんからね」

立ち上がりはためかせたマントから広がる星屑の闇。薄く紅い唇がふと微笑んだのは、柔らかな亜麻色の髪ときらきら輝く瞳を思い出したからであろうか。
今にも床を蹴って夜空を疾駆しようとした黒の伯爵に、黒の男達は追いすがった。

「それ、それでございます。伯爵様のお力をもってすれば、かの太陽の巫女などすぐに殺してしまえるものを、なぜそう遊んでおられるのです。きゃつを殺し、世界を伯爵様の御手に。我らはそのために集いました同胞たちでございます」

厚い石で囲まれた古城の空気がすっと冷える。しかし熱に浮かされた瞳で訴える者たちは、それに気づかぬようだった。伯爵の沈黙を肯定ととったのか、更なる熱をもって語り続ける。

「年に一度の伯爵様の自由なる時。かの凡庸なる巫女などにかかずりあっている場合ではございませぬ。奴めを殺すのはどうぞ我らにお任せを。つまらぬ憂いを絶ち、伯爵様はそのお力を存分におふるいくださいますよう」
「つまらぬ…憂い…?」
「さようでございます。狂乱の巫女などと申しておりますが、奴の正体などたかが知れたもの。伯爵様の宿敵などと片腹痛い」
「さよう、さよう! 死霊呪術と黒魔術を操る伯爵様こそが世界の柱であるべきです。あんな馬鹿なおん……」

勢いに乗った追従の声は最後までいかず途切れた。軽く手を翻しただけに見える伯爵の視線の先で、喉から鮮血を噴き出した男が崩れ落ちてゆく。
伯爵は美しい爪で片手に持っていたクリスタルのグラスをはじき、高く澄んだ余韻にゆったりと聴き入ってから、おもむろに口を開いた。

「馬鹿な……なんです? 聞こえませんでしたね」

冷徹な目で死体を見下ろす長身に、残りの男たちがいっせいに額づく。頭と思しき壮年の男がかつての仲間を一顧だにせず、改めて声をあげた。

「伯爵様。おそれながら、伯爵様ほどのお力を持ちながら女一人に拘泥なさるなど…。闇が光に依存するなど、情けないと思われませぬか」
「……」
「闇は闇ゆえに闇。であるのに伯爵様は、ご自分の境界線をよりくっきりと映して護るがための光に執着しておられるようにお見受けいたしますぞ。さようなものに縋らずとも、闇は闇なるがゆえに強大であり、御身を傷つけるものなど存在いたしませぬ」

無言のまま動かぬ伯爵の気配に、さきほどの追従とは違い肯定された、さすが頭と男達の空気がわずかに緩む。

「さればたかが女一人に執着して依存などなさる必要はないのです。……ぐ、ぅ?」
「ワイン一杯分の演説は拝聴しましたよ。おやすみ、坊や」

気づけば長い指が男の皺首に食い込んで、否、壮年であっても首ふとく筋骨ゆたかであった男の身体が、見る間に痩せ細り皺だらけになって萎びてゆく。

「やれやれ、美味くもない」

舞うような動きでグラスを盆に戻しつつ、うんざりした声とともに放り捨てられた死体は、あり得ぬほど軽く乾いた音をたてて床に転がった。根こそぎ精気を奪われ骨と皮になり果てた頭の姿に、今度こそ男達が恐れをなして遠巻きにする。

「さて、君達も彼らと同意見ですか? ろくに美味でもない男の精気など好みではありませんが、今宵の淑女とのダンスのために、軽く運動して腹ごしらえしておくのも悪くはありませんね」

闇夜に光る瞳に睥睨され、腰の抜けた男が尻で這いずりながら叫んだ。

「そ、そ、そのみ、巫女だって今日までの命だ! 俺らがここに来るのと同時に、暗殺部隊が向かって……」
「何ですって? そういうことは早く言いなさい……!」

言うが早いか、伯爵はマントを大きく翻した。ばさりと舞った風が刃となって男達を襲い、各所で絶叫が起こったが長身の男はもはや耳も貸さずに一直線に夜空を翔けている。
音高くステンドグラスを割って飛び込んだのは、かの巫女姫の住む神殿からわずかに離れた星の姫の館にある舞踏会場だ。

「…?! お前は…っ」

今宵は新月。のぼらぬ月の代わりに掲げられたたくさんの燭台の炎がゆらめき、色とりどりのガラスの破片が煌めく中、黒く大きなマントが視界をふさぐ。
自身も剣を操り、巫女を背に護りながらも壁際まで追い詰められ、絶体絶命となっていた星の姫が目を見開いた。

「この…っ、またうちのステンドグラス割ったな?!  ドアから入るという礼儀はないのかこの吸血鬼!!」

濃いラベンダー色のドレスが白い肌に映える美姫は、眼前に迫った危機も忘れて思わず怒鳴りつけた。勇ましい口調と使いこまれた剣をもち、その姿は夜に輝く星の姫と讃えられる彼女は、闇の吸血鬼に面と向かって恐れるふうもない。
飛び込んできた男は優雅に立ち上がり、眼前の敵などないように振り返った。

「星の姫。こんなところまで追い詰められるとは何という失態です。巫女姫に傷一つつけてはならぬと言ったでしょう」
「知るか馬鹿…! 年に一度の今宵に寝坊してくるとはお前こそ何事だ、こいつらお前の信者だと言ってるぞ、つまりお前の責任じゃないか、どうにかしろ」

毎年会うといえど命のやりとり、けっして生温い間柄ではないはずなのだが、妙に親近感のこもった言葉を投げかけられて伯爵が苦笑をうかべる。

「つまらぬ用が発生していたのですよ。されど今日という日に遅刻するなどとは、確かに我が黒き伯爵の名折れ」

気配だけでその場の人間どもを圧しつつ、ゆったりとした足取りで伯爵は神剣を構える巫女に歩み寄った。彼女は彼女で星の姫を護ろうと、油断なく目を配っていたのだ。ただ護られるだけではないその勇敢な姿も好もしい。

「我が愛しの巫女姫、僕の天上火よ。麗しの貴女に不浄なる輩の手が伸びしこと、我が到着が遅れ、珠の御身にこのような傷をつけしこと……慚愧に堪えません。どうかお許しを」

陽の光いろのドレスを纏った巫女の前にひざまづいて手の甲に唇を押し当て、ついていた小さな切り傷に滲む血を慈しむように指で触れた後ぺろりと舐めると、息をのむ音とともに手がひっこめられた。
舌にひろがる甘露とともに初心な様子にも頬がゆるみ、胸が高揚する。ああやはり、こうでなくては。

「貴女の血は極上のワイン。百年物の逸品よりもさらに甘い…。ああ麗しき光の巫女殿よ、貴女の存在は闇に棲まう僕の宝石。今、それを再確認しました」

巫女の目を見つめて艶やかに笑う。
それは吸血鬼とは思えぬ柔らかさであったけれど、立ち上がり振り返った長身には、まごうことなき殺気が冷々と満ちていた。

「僕は、僕の宝を傷つける者を許しません。彼女に斬りつけたのは誰ですか…?」

ぶわり、風もないのにマントが翻る。標的が警護厚い神殿の巫女ゆえ、暗殺部隊とやらはそこそこの人数を揃えていたようだ。傷だらけの衛士が道をあけ、武器を構えた黒頭巾の男共が伯爵の目に入った。まさか伯爵自身に殺気を向けられるとは思わず何かの誤解と思ったのだろう、彼らは口々に言いつのる。

「伯爵様、闇の御方。光の巫女に騙されてはなりません…!」
「そうです、もう一息で殺せる。巫女から離れてください、伯爵様。光の呪いから今解呪申し上げます」
「巫女とそのような関係を受け入れてはなりません。諸悪の根源たる巫女は今我らが始末いたしますゆえ!」

耳触りな声で喚く者たちを一瞥し、伯爵は漆黒の髪をかきあげた。

『……神々。神慮めでたく。』

一歩を踏み出した黒き痩身から発せられたのは、光の祝詞の定型句。しかしその声は低く冷厳な色を帯び、昏き地に引き入れるがごとく聞く者の耳を支配してゆく。

『汝、汝自身の育てたる果実を手に入れよ』

空間にいくつも紅い輝点が生まれ、すべるように動いて新月の闇深き室内に複雑な魔法陣が描かれてゆく。誰かがごくりと唾を飲んだ。

『呪いには呪いを、
 愛には愛を、
 汝自身にふさわしき色の闇を』

低く歌うような響きと、ゆっくりと黒頭巾たちに歩み寄る伯爵の靴音だけが、冷たい石造りの床に響く。凍りついたように動けぬ人々の中で、ひとり女の声が伯爵の背を叩いた。

「…伯爵、お前の背負う呪いは、周囲がお前に投げかけ続けてきたものだ。…私は…っ!」

必死の声音に振り向いた男の唇が、やさしく弧を描く。

「わかっていますよ、我が麗しの天上火。貴女は僕の宿敵、僕の祝福、僕の光…。誰にも呪詛をかけず、誰もを祝福する善良なる貴女には、この呪はただの御守ですから安心なさい」

そう、彼女はこの自分、呪われ穢れた闇の吸血鬼にすらも、呪詛を吐くということをしない。目の前にすれば光明神の天敵として神剣で斬りかかってはくるが、彼が力なく封印されている棺をどうこうしようとはしないのだ。一年のうちたった一夜以外のすべての時間が、彼女にとっての優位な時であるというのに。
彼女は誰をも祝福し、その光は闇の底さえもあたたかく照らし出す。

つめたく凍えた孤独な闇の奥底に降ってきた、目を疑うような明るく鮮やかな煌めき。
知ってしまえばそれは、放すことなど到底不可能な宝物。
これは、僕のものだ。

「しかしその呪いは、…」
「貴女を傷つける行為、それもあまつさえ僕の名において…、僕にはとても許すことはできません。目を閉じておいでなさい、麗しの巫女よ。醜い虫けらどもの最期など、貴女が知らずとも良い」

そしてまた極寒の冷気をまとって向き直り、唇が低く呪を紡いでゆく。

我が身を擲って悔いのないほど、それが欲しいのだ。
光と闇、永遠に手が届かぬゆえの焦燥に身を焼いてなお、こんなにも欲しているのだ。

雛鳥が親を追う如く、初めて触れたぬくもりだから欲しいのか。
対極の性質ゆえに惹かれ、その光に依存しているのか。

…… 否。


『闇は鏡。
 玲瓏たる面(おもて)に映るは汝自身の影なり。

 我、闇の伯爵の名において、汝らを昏き湖畔に誘わん…』

部屋の中の紅い線が蠢き、人間どもを拘束してゆく。一瞬ののちに闇が満ち、吸いこまれるように伯爵に見入っていた男達の身体が震えはじめた。その目が恐れに満ちたものになり、嗚咽を漏らすもの、喉が灼けるような悲鳴をあげるもの、阿鼻叫喚の様相を呈する。
伯爵は詠唱を止めない。

『神々。神慮めでたく。
 闇のもと彼らに大いなる祝福与えたまえ。

 彼らが育てし実りを、今彼らに獲らせたまえ。
 呪いには呪いを、…死には死を』


(――神よ、真実を知ると言われし、いと高き神よ。
呪われし我が胸にその御手をば差し入れ、この熱き想いに触れたまえよ。
闇たる我のこの熱が、単に依存であるならば… 呪の成就と引き換えに、何なりと我より取り上げたまえかし…!)


最後の文言とともに紅の魔法陣が強く発光し、室内が急に静かになった。かよわい女性を大勢で襲って殺そうとした者にはそうされる幻影と死が、護ろうとした者にはその成就が、ともに強大な呪術によって与えられたのだ。
流麗な立ち姿を崩すこともなく数十名の賊を屠った吸血鬼は、ひとつ息をつくと、何事もなかったように巫女に歩み寄った。
巫女は慌てて剣を構え直したが、するりと避けて抱き寄せられる。

「いいですか、貴女を殺し極上の血を頂くのはこの僕…、そして、僕を殺せるのもただ貴女だけ。去年も申し上げましたね」
「このっ…離せ! 衛兵! 衛兵!」
「まだしばらくは動けませんよ。死ぬことはないにしても、あの呪いの中で元気でいられるのは、陽の巫女たる貴女くらいのものです。…まったく稀少で美しい宝石だ、貴女は」

愛おしく髪を撫で、白い額に唇を落として伯爵は巫女の耳に囁いた。

輝ける天上の光、闇を照らす祝福。
手を伸ばさずにはいられない……煌めく僕の宝石。
その存在を護るためなら、吸血鬼たる自分がすべてを差し出すことも厭わぬのだと、貴女は知らない。

(貴女を傷つけたり僕から離れさせようとする世界など、いつでも呪殺してみせましょう)

世界のすべてを、敵に回しても。

彼は彼の宝物を、その漆黒のマントの中に護るのだ。
いつか彼女に殺されるために。








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今年も書かせていただきましたーー!!
敬愛する藤村一味・黒川伯爵のハロウィンナイト小説です。
ものがたりの背景となる設定など詳しくはこちらをぜひご覧ください。すっごく面白いんです…w
 <黒川伯爵のハロウィンナイト~血と愛に飢えし吸血鬼2014~>

ハロウィンナイトはもちろん、普段のお話もすっごく楽しいので、ご興味のある方はぜひツイッターでフォローしてみてくださいね♪

今年は黒川さんにたいへん無礼なメール?があったと伺いまして、ツイッターでは黙ってましたが
ひそかに怒りまくっておりまして、伯爵無双の餌食になってもらいました←←
悔いはない。←

去年のお話はこちらです。
続く内容になっておりますので、よろしければ。 → 【夜の永遠】

書かせて頂き楽しかったですーーー♪
どうもありがとうございました!!!


【追記】
後日、シシンさんと黒川さんからとても嬉しいご感想を頂きましたので、お二人のご許可をいただいてここに飾らせていただきます。
ありがとうございますーーーー!!!!








うーーれーーしーーいーーー(≧▽≦)


ハロウィンナイトからいらっしゃり、このブログの他の物語も読んでみたいという奇特かつ神様のようなあなた様は、ぜひこちらの道案内からどうぞ。
短い話を集めた外伝がとっつきやすいかと思われます(宣伝



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さつきのひかり

Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

エンジェルリンクファシリテーター、
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ルシフェルの翼Calling You 開発者。
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