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【陽の雫113】 Trumps 6

翌朝未明。

「どうだアウル、ハンス、バディには慣れたか?」

隣のセラフィトに問われて、アウレヒト・M・ヘムクラーケ准尉は向かいの席のハンス・テレマン准尉と思わず顔を見合わせた。
昨日はバディ訓練をするとかで、昼番夜番問わず若手はみな二人一組をつくり、どこへ行くにも何をするにも一緒、すべての情報も共有することになっていた。「小便にもついてけよ」とは彼らの班長たるケントゥリア大佐の命令だ。

当然、セラフィトに電話がかかってきてハンスが休憩をした時にはアウルもついていった。互いに無言でコーヒーを飲んだだけだが。
ピクニック隊と呼ばれるほど仲の良いフェロウ隊の中で、馴染もうとしないハンスの姿はとても浮いて見える。士官学校の同期とはいえ在学中からもそれほど仲がいいというわけでもなく、雑談しようにも話題が浮かばない。

「……正直に申し上げれば、あまり…」

内心「俺らバディなんて無理無理無理」という結論を出しかけつつ、アウルは口ごもった。笑い声とともに、その背を隣の席から大きな掌がはたく。

「まあ最初はそんなもんだ。ご苦労、もう交代の時間だから、二人とも帰っていいぞ。俺もこれで有・給・だ! くぁーっ」

一音ずつを区切るように発音して、大きく伸びをする。本来は昨日から連休のはずだったが、一日は書類仕事で潰れてしまったのだ。セラフィトは引継ぎを終えた部下たちが帰るのを横目に、自分も荷物をまとめてさっさと独身寮へと向かった。

「あー俺、今から胃が痛ぇよ」

とは入れ違いにやってきたオーディンの台詞である。書類に埋もれるニールスの机に顔を出し、片手で胃のあたりをさすった。

「オーリイって、見かけによらず繊細だよね」
「見かけによらずとは何だ」
「だってわりと豪快っていうか、黙って立ってなくてもそんな胃が弱そうなタイプには見えないよ」

軽口を叩きながら、引き出しの小箱から胃薬を分けてくれるのがこの友人の優しいところだ。礼を言ってもらった錠剤を自分の机まで伸ばした手でつかんだ紅茶で飲み下し、オーディンはけっと肩をあげた。

「仕事の具合はどんな感じなんだ? 相変わらずこの机、紙に埋もれて意味不明だな」
「んー、だいたい予定通りだよ。もうすぐアルディアス様がおいでになるから、それまでに書類に目を通して整理して准将の机に置いておかないと。そうしたら俺の机はだいたい綺麗になるよ。…まあ三十分くらいかな、今日は。夕方には時間を空けないといけないし…」

壁にかけられたカレンダーの最後から四番目の日、秘書たちはそれぞれ切り替わる二冊の手帳を睨み、年末年始にかかる上司のスケジュール調整に余念がない。軍の仕事納めより手前に神殿での潔斎が始まるため、実質上、アルディアスは今日までしか軍にいられないのだ。それは神殿との取り決めになる恒例であるため、勢いすべての決裁書類は今日をめがけて放り込まれてくることになる。
壁の時計を確認したニールスが猛然と書類を整理し出したので、おとなしくオーディンは自分の机に戻った。

端末に着信していたエルフィンからのメールに返信し、慣れた手つきでセラフィト、ニールス、上司殿にも転送しておく。それから別のフォルダを開くと、彼は表情をひきしめてキーを叩いた。




同じ頃、基地の別の場所では、黒髪のジョセフ・テイラー少尉が暗澹たる気持ちに沈んでいた。

正義とは何であるのか。

まるで哲学のような問いが彼を悩ませる。フェロウ隊に配属されて三年弱、順調に少尉へ昇進もした。明るく気楽な隊に愛着もある。

けれども彼の所属は、フェロウ隊員以前にもうひとつ、あった。
その部署の兵士はほとんどが他の隊にも普通に配属され、通常はそちらで過ごすことになる。下っ端下士官では、定期の連絡だけが元の部署らしい業務だ。連絡先は文字通りのブラックボックスで、所属しているはずのジョセフにも、上がどうなっているのかよくわからない。
要求される情報もふるいにかけるのは彼より上のポストの者達であり、黒髪の青年は毎日の日記をなるべく細かくつけているに過ぎなかった。

そしてその日記に、不審なところは何もない。
隊長たるフェロウ准将は神殿との掛け持ちでひどく多忙ではあるが、鷹揚で優しい上司に見えたし、その影響を受けているであろう隊員達も、冗談好きで朗らかな者が多いように見えた。真面目で几帳面な者ももちろんいたが、だからといって陰鬱になるでもなく、ありのままでそこにいることを認められていた。

だからジョセフは、ずっと知らなかったのだ。
彼の潜入する部隊が他のどこよりも注目され、彼ののどかな報告書が穴が開くほど精査されているなどとは。

ケントゥリア大佐の物資横流し事件では、むしろ内部調査を意外に感じた。なにしろ彼はそのとき狼ヘアーの上官のそばにいて、目の前の腹を空かせた幼子たちに我慢できずに食物を差し出したことを全て見ていたし、それらを細大漏らさず報告書に認めたのだから。

それでも上層部が出した答えは彼の見立てとは正反対とも言えるもので、その時彼は悟ったのである。
上層部はジョセフの報告に関わらずフェロウ隊を狙っていること……またこの隊には、自分以外にもスパイがいることに。

残念なことに、それは意外な発見とは言えなかった。
夏前であったろうか、フェロウ准将が小部隊をひきつれて西に向かい、児童虐殺ムービーの本拠地を暴いたとき。ジョセフも同行したのだが、事件の首魁と、ジョセフの本来所属する部隊の幹部に繋がりがあることが浮かび上がってきた。さらに隠れた黒幕そのものが軍人ではないかという疑いが出て、参加した者たちには厳しく箝口令が敷かれたのだ。

ジョセフは黒髪をかきまわした。
四年前、父の幼馴染の小さな娘、親同士が幼馴染のために彼にとってはもはや可愛い姪のような子どもが行方不明になり、家族総出で必死に探した記憶が胃を跳ね回る。
探して探して見つからずにいた姪っ子を、半年前、彼はついに見つけたのだ… あの、無残なムービーの中で。

いまだ彼女の無事を祈り続けている父や子どもの両親には、まだ伝えられていない。捜査が進めばいずれ公式発表があるだろうし、ジョセフは頼りない話を伝えるよりも、捜査を援護する方を選んだ。

具体的には、大祭で神殿警護にあたる中、駄目元で大神官へ直接心話をこころみたのだ。
おそらく一番安全だろうと選んだ時と場所だが、相手がとんでもなく忙しいことはわかっていたし、たくさんの祈りが行われる真っ最中であるのだから、届かないかもしれないと考えていた。だが予想に反して、返事はすぐにきた。
揺らがぬ強度で、思いのほか優しい波動で告白を包まれて、思わず濃い色の目が潤んだとき、ジョセフはで自分自身で思っていたよりも己の状態を嫌悪していたのだと知った。

彼の上司でもある大神官は、テイラー少尉にごく自然に大礼拝堂の裏口警護を命じた。人々への祝福を終えた帰り、奥院に戻る前に、直立不動で警護に当たる者達に微笑みかけてきた存在に目を奪われてしまったのは、誰でも仕方がないと思う。

美しく煌めく存在は、警護を担うジョセフ達数人に礼を述べ、ひとりずつ手を触れて祝福をしてくれた。もちろんジョセフはその時に緊張しつつも知る限りの情報を渡したし、自分よりはるかに強大な相手への丸裸を覚悟しての接触テレパシーゆえ、嘘が混じっていれば向こうにはわかったはずだ。
それから何度か、ジョセフは上司に直接情報を心話で渡しているが、情報源は完璧に秘匿してくれているのだろう。彼の名前がフェロウ隊内で浮上したことはない。

ヴェール軍公安部、それが彼が属する組織の名称だった。




セントラルの高級官舎街。いわばフェロウ邸と同じ町内に、軍用のセダンが二台停められている。おりしも降りつづく雪で、少し離れた場所から歩く肩先がうっすらと白くなる。

なんでもない調子で雪を踏みしめ歩きながら、オーディンが傍らを見上げた。

「新婚初めての記念すべき年末年始だってのに、奥さん待たせてんのか。可哀想だぜ~」
「うん……、リフィアには、プロポーズの前に全部説明したけど、やっぱりね…」

冗談めかした問いかけに返ってきた、いつになく歯切れ悪い返事。ふと思考をめぐらせて、黒髪の男は片方の眉をはねあげた。

「あ、そうか准将殿、この仕事だけじゃなくて神殿もか。年替わり、か」
「うん。新年の神事はどうしても抜けられないから、終わったらその足で大神殿に行って潔斎に入るんだ。帰れるのは、新年明けて二日めくらいかな」

それでも今までに比べ、ぎりぎりまで日数を削った結果である。年の明ける瞬間に誰もいないのではあまりに寂しいから、リフィアには休暇になった時点から先に実家に帰ってもらっている。
潔斎で絶食あけのアルディアスが向かったのではこれまた迷惑になってしまうので、彼が帰宅できる二日に、彼女も官舎に戻ってくる予定だった。

「新年と、時移りと、夏と冬と……。そう考えてみるとけっこうあるんだな。そうか、待つ身には辛いなあ」
「そうなんだ。独りの時には気にしたことがなかったんだけれど」

指折り数えたオーディンが嘆息する。銀髪の男は遠くを見るように薄暮の街路に視線を投げ、首を振ってふっと息をついた。
雪雲にさえぎられて、今日は夜の帳が早い。葉の落ちた木々に舞う粉雪が街路灯に浮かびあがり、うすく白い紗をひろげたようだ。

言わぬでは申し訳ないから先に全部説明して、彼女はそれでもいいと言ってくれて今がある。けれど、許してくれることと傷つかないことは別だ。
寂しくないはずはない、そう思うのは自惚れかもしれないが、リフィアが頑張って笑顔でいてくれようとしてくれていることを、彼は知っていた。ほんとうは寂しがりであることも。

だから一瞬でも早く逢いにゆきたいと思うし、届いて喜んでくれて、しかしまだ大事に仕舞われたままのコートの出番をつくってやりたいと思う。それに共働きで忙しいのにどの暇を見つけたのかと驚いた、白い手編みのセーター。

アルディアスには大切なものができて、それは誰が何と言おうと最優先になった。
おかげで順番が後回しになったはずの彼の友人たちはむしろ大喜びの態で、いそいそと協力して彼をその場所に帰そうとしてくれる。
双方のあらゆる仕事が詰まっているような年末年始も、夏の時点から彼が宣言していることも、献身的な友人達の力なくしてはとても叶わぬ夢だ。

それを無駄にするわけにはいかない。
雪の道行を経て重厚な扉の前に足を止め、アルディアスはちらりと横の友人を見てから視線を前に戻し、軽く息を吸った。
オーディンがうなずいて随行を確認する。背後についていた選り抜きの隊員たちが、ぴりっと緊張するのがわかった。






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◆第二部【陽の雫】目次


書きあがった後もだいぶん熟成しまして、まあよかろう、と思えたので。
次がこれまた難産の予感…



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Re: 【陽の雫113】 Trumps 6 

待ってましたー(><)
少し前の辺りから、読み返します!
  • posted by ナヲ 
  • URL 
  • 2016.07/22 17:36分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫113】 Trumps 6 

更新ありがとうございます。
始めに戻って読み返し、全体像が見えてきて、ほわーっとなりました。
次、何が起こるのかどうなるのかとてもとても知りたいです。
さつきのひかりさんの語り口でそれが語られるのを、楽しみにしています。
  • posted by あおいそら 
  • URL 
  • 2016.07/22 20:12分 
  • [編集]
  • [Res]

 

わあああ物語更新お待ちしておりましたあああああ!
…とわくわくしながら読み進めて紙に埋れたデスクのリアルな状況にああああ分かるうわあああってなってアルディアスさんの神官のシーンでおおおおってなってリフィアさんの話できゅんっ、でした。
難産でも次のお話もお待ちしております☆
  • posted by evah 
  • URL 
  • 2016.07/23 22:31分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: Re: 【陽の雫113】 Trumps 6 

>ナヲさん
お待たせしましたー(><)
お手数おかけしてすみませぬーーーー!!! でも楽しんでいただけるといいなっw



>あおいそらさん
更新が亀で大変すみません…着いて来て下さってありがとうございます!!!(土下座
もうお話がややこしすぎて、どう語ろうかと頭を悩ませまくりです。
うまく語り手となれるよう、精進いたします!



>evahさん
わああああお待たせいたしましたああああ!
もーほんとに遅くてすみません。 
めげずに頑張ります。(ぐっ
そしてevahさんもてんこもり書類お疲れさまです…!
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2016.07/30 12:10分 
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  • [Res]

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