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【陽の雫 94】 山麓の翳り 1

「公金横領…?!」

人払いされた軍執務室で、副官が耳元に囁いた言葉を思わず鸚鵡返しする。ニールスは渋い顔でうなずき、小声の報告を続けた。

「三日前北方の暴動封じに出たセラフィト・ケントゥリア大佐のチームにおいて、会計処理の誤差が出ています。会計課の知人から直接聞いた話でまだ公にはなっていませんが、請求忘れではないかということで調査しているものの額が大きく、このままでは明日中にも公金横領の疑いとして軍会議にあげねばならないと」

訊けば確かに、個人でどうこうしたり作戦に使用した物品の請求を忘れたくらいではどうにもなりそうにない金額であった。会計課で問題になるのも当然だ。

「セリーはどうしてる?」
「中央に帰還なさる前に、昨日北方にて残務処理中に現地の駐留部隊によって拘束、軟禁されています」
「対処が早すぎるね」
「はい。おそらくアルディアス様とセラフィト様を分断し、失墜させるべく仕組まれた罠かと」

二人は顔を見合わせる。
11月もあと数日で終わろうとする朝。冬祭りの囮捜査まであと一か月、敵も黙って過ごさせてはくれないということだろう。

「私が不思議なのは、セラフィト様がなぜむざむざと拘束されてしまったかなのです」

そんなドジ踏む方ではないのに、とニールスが蜂蜜色の頭をひねる。

「…冤罪であっても、言い逃れできないほどの何かがある、か…」

あるいは事実の断片を含んでいるか。北方はセラフィトの故郷が近く、アルディアスも赴任したことがあるのでその窮状はよくわかっている。

北の山稜に近づくほど生活は厳しく、ヤシュミナ毛糸や織物の生産に頼っている。徴兵制によって働き盛りの男子が兵隊にとられてしまえば、後に残されるのは女子供と老人ばかり。三年とはいっても、戦地に行ったまま戻ってこない者は当然いるのだ。
軍から見れば一兵卒、しかし家族から見れば、かけがえのない父であり兄である。長く続く戦争社会に、暴動や内乱の火種はつねに燻っていると言っていい。

「ニールス、今日の私の仕事は」
「午前中はこちらで書類決裁、午後は神殿にてお仕事の予定です。視察に行かれると伺っておりますが…」

うなずいたアルディアスは、ニールスも入れて心話を開放する。

(ルカ、ちょっといいかい。今日の視察地はどこ?)
(ミルタです。西方、正確に申し上げれば北西の小神殿ですね。先日先代の神官が老衰で亡くなり、若い者が継いだばかりです。この街では本格的な冬の前に秋の収穫物を供える祭りがありますので、それに合わせて大神官様をお招きしたいと)
(わかった。それでは夜に予定をもうひとつ入れたいのだけど)

ニールスの示してくれた地図を見ながら銀髪の男が続けると、秘書からは驚いた答えがかえってきた。

(先程ニールス様よりご連絡をいただきまして、北部司教に連絡をとりました。現在、該当地で何があったかをこちらの目線から調査中です。ミルタでのお仕事後、北部に移動して司教および現地の小神殿に赴任している者とお会いいただけます)

びっくりして振り返れば、パライバの瞳をした副官は照れ臭そうに視線をそらしている。素晴らしい連携プレー。二人の秘書たちの即妙の働きのおかげで、要職を兼務するアルディアスの日常は回っているといってもいい。

(ありがとう、二人とも。助かるよ)
(ニールスさんのご指示あればこそです。それでは午後のおいでをお待ちしております… 昼食はどちらで?)
(准将には責任もって俺が食べさせます。飯とか肉とか)
(安心しました。ニールスさん、ぜひよろしくお願いいたしますね)
(任せとけ)

妙なところでも連携プレーを発揮して心話を終えると、ニールスは晴れ晴れと宣言した。

「さ、じゃあ机の上の書類を片付けちゃってください。昼食は士官食堂のボリュームメニューをお供しますから」
「いやあの……」
「しょうがないな、普通盛りで勘弁してあげます。先程の問題については詳細がわかりしだい、私とルカさんで密に連絡しあうことになっています。他にご質問は?」
「……すごい連携だねえ…」

呟くように言ったのは、白旗降参の印である。ニールスは眉をあげて笑った。

「最近私が非番の日、マッサージ通いに凝ってるって言いませんでしたっけ」
「ああうん… まさか?」
「そのまさかです。ルカさんと准将の予定についてやりとりするのは日常業務ですから誰も怪しみませんが、通信は傍受されている危険性もあるでしょう。ですからその中に暗号を忍ばせておいて、ルカさんに心話に切り替えて貰ったりするんですよ。私から直接心話で話しかけるには、ちょっと距離が遠すぎるので」

そして意気投合し、密接な連絡やリラクゼーションを兼ねて時々足つぼに通っているのだという。アルディアスの軍務が非番のときはたいてい神殿に出ていてルカの方が仕事中だから、なかなかタイミングは合わないが、そのまばらさがかえって怪しまれずにいいのだと彼は言った。

「痛ったいですけどね! あーとかうーとか、母音しか出なくなりますが」

二人同時に眼鏡を光らせるルカを思い起こして肩をすくめる。仕事の後は宣言通りに食堂へ連行され、すみやかに軍用車で神殿へと送り届けられた。

神殿の大神官室の奥部屋には、魔術とサイキックを併用した少人数用のテレポートポイントが作成されている。
戦艦の動力と理論をもとに艦ごと移動するものと違い、使う人間それぞれにある程度以上の技術とサイキックレベルが求められるため、現在は各神殿の奥部屋にしか設置されていない。軍でも開発は進めているようだが、座標の設定や個々の能力の違い等、実用に至るまでにはまだまだ問題が山積みのようだ。

神殿にこれがあるのは、サイキックについては並以上の実力が保証されている大神官が、各地を巡行しやすくするためである。乗り物を使えば費用もかかるから、テレポートで飛べるなら安価でよい。使わずにすんだ金銭は必要な福祉にまわせる。

ちなみに使用が許されるのは高位神官の公務と、緊急事態等の理由が認められた時である。若い神官が遠方に赴任するときなどは、公共交通機関を使って時間をかけて旅をすることで、その道のりを肌で知ること、人々の生活や文化の中を自分の足で歩き、感じてゆくことが奨励される。

サイキック使用の休憩時間を考えても格段に移動時間が短くてすむこのシステムによって、ヴェールの大神官は代々気軽に各地の祭りに顔を出してきた。アルディアスの代になってから神殿業務そのものの時間が少ないからその頻度は減ってしまったが、それでも各地の人々に直接会い、その生活の傍らにあるために、できる限りは暇をとってめぐるようにしている。

巡行用のあっさりした神官服に着替えて書類業務を済ませると、アルディアスとルカは連れだって西北の街へと向かった。
厚いカーテンで仕切られた小部屋の床に描かれた魔法陣のおかげで、個人ではとうてい飛べぬような遠方でも一瞬で到着する。

街のあちこちに豊穣の葡萄と来るべき冬の雪の結晶を図案化した模様をあふれさせたミルタでは、新任神官と街の人々が首を長くして大神官の到着を待ちわびていた。
地方に住むものにとっては、大神官がこうして巡行するときが、直接祝福を受けられるほとんど唯一の機会であるともいっていい。
ミルタの神殿の奥部屋の魔法陣に到着した二人は、まず遠距離テレポート後のひと休みを兼ねて、小一時間ほど新任神官とゆっくり話をした。テーブルには薬草茶と、土地の名産である寒さに強いハーブを焼きこんだ菓子など数種。

赴任地の様子や作柄、困ったことはないかなど、話を聞きながら要点をルカが手帳に書き留めてゆく。アルディアスは微笑をうかべて若者の話に聞き入り、相槌をうったり時々そっとアドバイスを述べたりしていた。
時間がきて、立ち上がってハグしながら銀髪の男が言う。

「大丈夫。困ったことあったらいつでも相談しなさい。君がこの土地の人々と共にあるように、愛に満ちた日々であるように、祈っているよ」
「ありがとうございます、大神官様」

新任の不安もすべて聞いてもらい、未来への恐れより期待が上回った笑顔の若者と外に出れば、すでに黒山の人だかりとなっている。
ひとりずつ挨拶をし、祝福をし、左右から同時に行われがちな自己紹介をきき、大神官が訪れると聞いて用意してくれたらしい贈り物を受け取り、自慢の祭りの飾りつけや出し物を見にゆき、アルディアスは休む間もない。ルカと新任神官の役目は、ほぼ交通整理と荷物持ちである。

それでも人々が笑顔で満足してくれることが何よりであるから、大神官職にあるものがここで手を抜くことはない。
午後早くに訪れたのだったが、ひととおり終わってミルタ神殿に帰ると、もうとっぷりと冬の日は暮れていた。

「頂きものはどういたしますか」

山盛りの旬の野菜やら手作りの菓子やら織物やらを整理していたルカが問う。
織物などは魔法陣で中央へ送り、食べ物は北へそのまま持って行くよう指示すると、仕分けを手伝っていた若者がうなずいた。

「今年、北はきついそうですから。少しでもお役に立てれば幸いです」
「飢饉が? 報告はあがっていませんが…」

ルカが手をとめて振り返った。飢饉などの緊急事態が起こった時は、各地の神殿から中央へ報告をし、大神殿の指示のもと余剰のある土地からすみやかに物資を送ることになっている。あのテレポートポイントは、そういう時にも活躍するのだ。
若者は曖昧に首を振った。

「飢饉というほどではないそうなんです。作柄は例年より少し下がったけれど、緊急事態として送ってもらうほどではないと。でも今年は寒さがきつくて、…その、戦死者も多かったそうで… 人々が疲れている、と聞きました」

言葉を濁したのは、目の前の大神官が軍職も兼ねているからだろう。アルディアスとルカはそっと目を見合わせ、それから礼を言ってミルタの街を辞した。


北部の山岳地帯に入ると、魔法陣に降り立った瞬間から寒さが身を包む気がする。
ミルタで貰った物資があることを先に伝えていたので、小さな神殿に赴任している中年の神官は、村の子供たちを数人手伝いに呼んでくれていた。彼らに食べ物を渡して、ミルタの祭りのお福分けだよといって孤児院や人々に届けるよう伝える。
子供たちが楽しそうに駆け去ってゆくと、室内にはぐっと真剣な空気が満ちた。

アルディアス達がかけたソファの向かいには、四十代と思われる黒髪に青い目をしたこの小神殿の神官と、プラチナブロンドの長い髭と髪をした、老境にさしかかった北部司教が座っている。
司教は先代大神官の右腕で民衆の信任もあつく、アルディアスの台頭がなければ間違いなく大神官になっていたと言われる人物だ。

泰然自若としたたたずまいは雪の積もった冬の森を思わせ、少しのことでは揺るがない安心感と奥深さを感じさせる。
まずざっとルカの説明を聞き、ゆったりとした動作で薬草茶を飲んでから、はたして老神官は言った。

「儂は、軍を信用しておらぬ」














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Comment

 

儂は・・・って
その先が気になる>_<〜

久しぶりで嬉しくなっちゃいました
ありがとうございます

  • posted by ポヨン 
  • URL 
  • 2013.01/26 21:09分 
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Re: 【陽の雫 94】 山麓の翳り 1 

お待ちしてました~v-238
  • posted by フォーレル 
  • URL 
  • 2013.01/27 15:11分 
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Re: 【陽の雫 94】 山麓の翳り 1 

お久しぶりでございますね♪お待ちしておりました☆
すごい所で“続く…”なので、その先が待ち遠しいです。
先代の大神官さまが選ばれたアルディアス様ですし、現大神官様なので北部司教様としては信頼もされていらっしゃるでしょうけれど、軍でのアルディアス様をどの様に感じていらっしゃるのでしょうか。
その辺りのお話がこの後のお話で出てくるのでしょうか?
非常~に、楽しみです!!
  • posted by あゆこ 
  • URL 
  • 2013.01/28 12:34分 
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Re: 【陽の雫 94】 山麓の翳り 1 

さつきのひかりさん、ありがとうございます!
お話に夢中になってしまいました。
ドキドキ。この続き、どうなるんですか〜!
ん〜!気になります〜。でも次を待つ時間も楽しいです。

さつきのさんのお話の登場人物は素敵な方がいっぱいで
いつもながら感動です〜。素敵な時間をありがとうございます。
むーみん
  • posted by むーみん 
  • URL 
  • 2013.01/28 14:24分 
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Re: Re: 【陽の雫 94】 山麓の翳り 1 

>ポヨンさん
遅くなりました~~><
ようやく続きをアップしましたー!


>フォーレルさん
遅くなってすみません><
過去記事一覧に日付がでて辛いので、もうちょっと更新ペースをどうにかしたいと思うのですが… (遠い目


>あゆこさん
北部大司教がアルディアスをどう思っているか、その思いがでてきますです♪
実は会ったこともあるとかないとか、とかとか。


>むーみんさん
お待たせしまくってしまってすみません(汗
その甲斐があるといいのですけども。。。がんばりますっ。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2013.03/18 16:21分 
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