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【陽の雫 86】 弓

小気味よい音を広い練習場に響かせて、ルカが弓をおろした。

「的中。さすが」

隣で微笑んだアルディアスが、今度は自分の弓を引き絞る。
春夏の陽の気から秋冬の陰の気へ、あるいはまた逆へ。春分と秋分に行われる時移りの祭りを明日に控え、二人は弓術の練習をしていた。

祭りは、別名鏑矢の神事とも言われる。
特別に作られた弓矢を使って鏑矢を放つと、風をきって不思議な音が周囲に響き渡る。その音によって古きものを還し新しい季節を迎え、移りどきによくある病魔をも祓う、というのものだった。
昼と夜が等しくなる日の祭礼は、死者を迎えまた送る大切なものでもある。

それゆえに神官たちは、皆一度は弓術を学んでいる。
放たれる鏑矢は東西南北にむけて4本、射手は2人だが、後は弓を構えて鳴弦を行う。巫女たちには鈴や小さな鐘が割り振られ、壮大な音の曼荼羅が中央大神殿を包むのだった。

タァン! という音とともに茶羽根の練習用の矢が遠くの的に突き立つ。的中、とルカが言った。

「パーティは楽しかったですか?」
「うん、おかげさまで。男同士で飲んだときにオーディンは潰れてしまってね。朝リフィアが作っておいた野菜スープを飲んで、ニールスが送っていったよ」

くすくす笑いとともに答える。オーディンは野戦地で飲むときには酔わないが、気楽な場所で飲むと涙もろくなって潰れてしまうことが多い。
今日はリフィアは通常の仕事だったから、朝の下ごしらえだけ簡単にしていってくれた。遅くまで飲んでいてゆっくり起きた男たちは、スープを温めたり食欲のある人はサラダとパンとコーヒーにしたり、適当に支度して10時過ぎに出てきたのだ。
アルディアスは今日は軍務は非番で、神殿で明日の神事の準備と書類仕事をこなすことになっていた。

ルカは昔から弓が得意である。
緑がかった長めの髪を首の後ろできりりとまとめ、防具をつけて弓を引き絞る細身の姿は無駄がなく美しい。毎朝修練を欠かさない彼は、文官とはいえ細身の見た目よりずっと筋肉質で力もある。
アルディアスとともに神殿の学び舎にあった少年の日、二人で遅くまで弓の練習に没頭したものだった。

並んで長弓を構え的を見ていると、昔日のことが思い出される。
二人が初めて出会ったのは、ルカが神殿に入った9歳の頃。輪に入れなくて木陰に立ち竦んでいたとき、二つ上の銀髪の少年が優しい声をかけてくれた日のことを彼は忘れない。

「こんにちは。ここには初めて来たの?」

にこっと笑いかけた少年は、銀の髪を肩で切りそろえ、きらきら光る青い瞳をしていた。
自らの「声の大きさ」を持て余していたルカは、肉声では必要以上に小さな声にしてしまう癖がつきかけていた。

「う…、うん。はじめて」
(君だろ? 声が大きいって聞いてるよ)

蚊が鳴くような声に、はっきりした心話が返ってきて思わず俯けていた顔を上げる。咄嗟に反応することができずに口をぱくぱくしているルカに、銀髪の少年はまた微笑んだ。

(僕はアルディアス。ここで一番大声なんだ。君と競争してみたいな)

いたずらっぽいウィンクのようなその語りかけは、ルカの緊張をそっと取り除き、大丈夫だよと伝えてくれているようだった。

(一番、大声…?)
(うん、この前の検査でもそう言われたから。君の声は森の緑色だね。きれいな声だな)
(……)

ルカの顔がぱっと赤くなる。今まで、声の大きさを咎められたことはあっても、きれいだと言ってくれた人はいなかったから。

(あり、がと…)
「練習したら、好きな大きさで出せるようになるよ。耳も塞げるようになる。それだけ素質があるんだからすぐさ」

気楽な肉声に切り替えて、遊びに行こうよ、と銀髪の少年は手を差し出した。
慌てて汗をズボンに擦りつけ、「ぼく、ルカ」と名乗りながらおずおずと差し出したルカの手を、少しだけ大きな手がしっかりと掴む。
声が大きいということは、往々にして耳もよく聞こえるということで。接触によって記憶や考えが読まれてしまう可能性も高いのだが、アルディアスと名乗った少年はそれを少しも気にするふうがなかった。

そしてルカが驚いたことに、その色白な手からは何も読み取ることができなかったのだ。
強力なテレパスであることがわかってから接触した相手で、何も聞こえなかったのは実は初めてである。マナー違反と知りながらも思わず少し探りを伸ばしてみたものの、結果は変わらなかった。
驚いた顔をしているルカを振り返って、少年が一層の笑顔を浮かべる。

「読めなかったろ? 大丈夫、ルカはひとりじゃないよ」

それは、ルカが一番心配していたことだった。
テレパシー能力が覚醒してから、タイミングを選ばず色々な人の声や考えが流れ込んでくるようになった。なるべく人と接触せず、聞かないようにしても、特に恐れや悪口はなぜかよく届いてくる。
気味が悪い、と思われるのは辛くて、しかし仕方がなくて。
枕の下に潜り込んで両手で耳をふさいでもちっとも止まない雑音は、だんだんと(おまえはひとりだ)(おまえはひとりだ)と繰り返しているような気がして。

ノイローゼになりかけて、きちんとした訓練施設があるからと土地の神官に紹介された中央大神殿。
年老いたその神官が、中央にも飛びぬけて声の大きい子供がいるのだと言っていた。その子がいれば、お前はひとりではないから。
子供の身で強力なサイキックを持っていることの苦労は、同じ体験をした者にしかわからない。だから故郷を離れるのは寂しいだろうが、中央に行ってごらんと諭されたのだった。

真っ白な髪に優しい目をした神官が言っていた子供がたぶん、目の前の少年なのだ。
手をひかれて小走りになりながら、アルディアスと聞いた名前をルカはそっと呟いてみる。最後の音をちいさく唇に乗せたとき、ふとあることに気がついた。

自分が来るまでは、おそらく彼もひとりだったのだということに。

「あ、あの…」
「アルでいいよ。何?」

足をとめて振り返った年上の少年に、九歳のルカは結局何も言葉にすることができなかった。
けれど握りしめた手に、きゅっと見上げたグリーンアメジストの瞳に、組み合わせる単語以上の思いが宿る。

 ありがとう
 ぼくはもうひとりじゃない。
 きみもひとりじゃない。
 …だからずっと、ともだちでいる。

その約束を、ルカは二十年後の今も貫き通していた。
アルディアスが神殿を脱走して軍部に飛び込み、行方がしれなかった時も、並はずれて強力なテレパス同士、ひそかにある程度の会話はずっと途切れずにあった。

だから、神官職を完全に放棄するつもりなのではないことも、いっそどちらかを完全に放棄できてしまえば楽なのかもしれないことも、知っていた。
それができる人ではないのだということも。

相剋する巨大な何かを抱え込んでなお微笑んでいる友を、ルカは誇らしく思う。
だから自分は、神殿でのことをできるだけ整えて彼を待っている。

働き盛りの彼を、軍部が放したがらないことなどわかっているのだ。
それでも折に触れて戻ってきてくれと繰り返すのは、戦いに倦んだらここに居場所があるのだと伝えたいから、そして純粋に心配だから。

アルディアスが婚約者のリフィアを連れてきた時には、先に心話で話を聞いていたとはいえ、万感の思いせまって会話に困るところだった。
軍人でも神職でもない彼をも、受け止めてくれる場所ができた。それがルカには嬉しかったのだ。

「…改めて。アル、結婚、おめでとう」

言いながら放った矢は、あやまたず的の中心をまっすぐに射抜いた。そのことに満足して、唇に微笑みを浮かべながら弓をおろす。

「ありがとう」

かすかに照れた笑顔。互いの手をパンと打ち鳴らして、今度はアルディアスが構える。

「では私も伝えたいことを言ってみようかな。 ……ルカ、次代の大神官をやらないか?」

緑がかった髪の青年が盛大に吹き出すのと、うっすら斑模様の入った矢が的中するのとは同時だった。

「げほっ…。 …なんだって? 僕が? 嫌だよ」
「つれないなあ。もう少し考えてくれたっていいじゃないか」

即答した親友に苦笑して、アルディアスが弓をおろす。
軍では短銃やライフルを扱うことはあっても弓は使わないから、このちょっとした勝負はルカのほうが有利なはずなのだが、今のところ二人は同点だった。

「ルカなら人望もあるし、能力も人格的にも問題ないと思うんだけどな」
「嫌だってば。アルのことが派閥になってるの知ってるだろ? もし僕が継いだらそれが続いちゃうよ。派閥はひとつでも少ないほうがいい」
「……好きでそうなったわけじゃない」

少年の頃のような無防備な姿を見せていたアルディアスがふいに痛そうな表情になったから、ルカは慌てて言葉を繋げた。

「わかってるよ。アルが望んだわけじゃないのは…。 でも、ほら…… ええと」

こんなとき、なんと言ったら親友の心をやわらげられるのだろう。
本人は祭り上げられたいわけではなく、むしろ下に下に潜ろうとしてさえいるのに、目立つのだ。
生まれ持った光の強さはなにものにも消せないのだ、としか言いようがない。

どんなに辛い生い立ちを持ち、酸鼻な戦場を駆けていても、けっして汚されることのない純粋な輝くなにか。
どこか無垢なその輝きに惹きつけられるのは、たぶん、空の月を美しいと思うくらい自然なことなのだとルカは思う。

月に責任はないけれど、集った人々にきちんと向き合おうとするのもまた、アルディアス・フェロウという人であった。
そんな生真面目な姿は親友の美点であり、やめろというわけにもいかない。

だいたい終身制の大神官において、次代ということはアルディアスの死が前提となる。そのこと自体が、ルカにとって考えることさえ嫌なのだ。
困った顔をしていると、彼のほうが先に声を出した。

「じゃあ、今日は次の矢でどうかな? ちょうどもう終わりだし」
「今日は?」
「気づいたか。負けたらまた次の機会を狙うよ」

にこにこと罪のない笑顔を見せているから、ルカはぷっと吹き出した。

「なんだよそれ。僕が負けたら?」
「気が向いたら次代の大神官の継承の儀をしてもらう。向かなかったら、そうだなあ……。 しょうがないから、得意のマッサージでもしてもらおうかな」
「しょうがないんだ?」
「まったくもって、しょうがないねえ」

もっともらしく首を横に振って肩をすくめてみせる親友に、思わず笑みをひろげながら最後の矢を取った。
神殿には奉仕の一環として治療院が併設されており、日々さまざまなヒーリングなどが無償で提供されているが、そこでルカが得意としているのは薬草の調合とマッサージだった。

派閥うんぬんはともかく、大神官は重責である。
アルディアスには無理強いするつもりは一切なく、ただルカの気を休めるために勝負を言い出しているのがよくわかった。
忙しい人に、勝っても負けても施術はさせてもらおう。しかし親友の気持ちに応えるべく、当たれ。
念じた矢は遠く的の中心を射抜く。

入れ替わって弓を引き絞ったアルディアスも真剣な表情だった。
昔日と変わらぬ青い瞳がまっすぐに的を見ている。弓に触れるのは神殿に来た時だけとはいえ、きっちりと基礎から修練を積んだ腕は衰えず、構える姿にはぶれがない。

風切り音を立てて飛んだ矢は、しかし中心からほんのわずかに逸れた。

「残念、負けちゃったな」

ルカを振り向いた笑顔は、かつて木陰の彼に手を差し伸べてくれたときと同じものだった。
















-------

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◆第二部【陽の雫】目次


きゃー。外伝をいくつか挟んだものの、気がついたらかなり空いてしまってました。。。すみません (汗
この次がまだ書けてないんですけど、とりあえず自分を追い込んでみました←


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音が響いてきそうなお話しでした。
ルカさんの弓…
以前のものつくりの所で出てきてましたね。

さつきさんのタイミングでお話し待ってます(^^)
  • posted by リュウ 
  • URL 
  • 2012.01/25 18:27分 
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  • [Res]

Re: 【陽の雫 86】 弓 

水瓶座の新月の直後の三日月が、まるで弓のようで、何だか感慨深いような気持ちで読んでしまいました。

久々の更新、めちゃめちゃうれしかったです♪
  • posted by ももんが 
  • URL 
  • 2012.01/26 08:58分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 86】 弓 

こんばんは~♪

大神官の引き継ぎ、楽しみにしております(笑)

ちょうど、今日26日は三日月で、弓のようなお月さまです。
そして、魚座・金星と合ですね~♪
夕空に仲良く、お月さまと金星が並んでいますよー。
まるで、ルカさんとアルディアスさんのようですね♪
ふふふ。


  • posted by 月の娘 
  • URL 
  • 2012.01/26 17:53分 
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  • [Res]

Re: 【陽の雫 86】 弓 

陽の雫だぁ!!(>▽<
 
いつもなぜか涙を堪えながら読んでいます(;;
アルディアスさま素敵です・・・
 
さつきのひかりさんの物語を読んだとき、辛い場面や悲しい気持ちになってしまうこともあるのですが、
必ず自分の心の奥に温かいものを感じながら読むことができるんです(><!!
それが凄く癒されるというか・・・
優しい気持ちになることができます☆
 
そして登場される方みなさん素敵すぎます(^w^☆☆
  • posted by tugumi 
  • URL 
  • 2012.01/27 11:02分 
  • [編集]
  • [Res]

 

アルディアスさんは能力が高い分いろいろできて、
それゆえに責任を負い、
しかもどれひとつ投げ出そうとはしない方なんですねえ…

「できません」と言えればもう少し楽なんでしょうが。
  • posted by なごみ 
  • URL 
  • 2012.01/27 18:42分 
  • [編集]
  • [Res]

おへんじ 

>リュウさん
そうそう、ものつくりのとこで出てきた、弓のお話なのです♪
ルカさんはお上手なのですよ~。


>ももんがさん
ありがとうございます~♪
調子にのってまた出してしまいました。間違いなく自分の首絞めてますwww←


>月の娘さん
ルカさんが次代様になって下さったら、アルディアスの身の振りを考えなきゃいけないですねw
いや隠居してリフィアさんと暮らせばいいのか←


>tugumiさん
ありがとうございます。
何がしかを感じていただけて、とても嬉しいです♪
またぜひぜひ、読んでやってくださいませ♪


>なごみさん
はっきり言って超絶不器用なんだろうと思います←
本当にどうにもできないときは、「できません」ってちゃんと言う人なのですが
そこまでの範囲が下手にばかでかかった、のでしょうねえ…


  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2012.01/29 21:20分 
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物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
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