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【銀月外伝】 THE SIX ISLES - 鴉 -

「手当て、してやるよ」
「断る」

不意にとられかけた手を、グラディウスは直前で振り払った。
司令部から離れた地方の前線。簡素なコンクリートで築かれた基地は、部屋も通路も中央のものより狭い。

黒髪の青年は、すぐに笑顔になって続けた。

「簡易キット、双子ちゃんにあげちゃったんだろう? 俺見てたんだよ。今日は負傷者が多いからね、医者はもうとびきりの変態しか残ってないぜ」

グラディウスがかすかに舌打ちする。
ここのところ軽い負傷が続いた双子に、自分の医療用簡易キットを渡していたのは確かだった。通りすがりに他人に気づかれないように渡したのだが、人と人の間から目にしていたのだろうか。よく見ていたことだ。

「おいでよ。俺、医療補助の資格を持ってるんだからさ。変態医者より腕はたしかだよ」
「お前も変態だろうが」
「えー? ひどいなあ、もう。わざわざ傷に刃物突っ込んだり毒物塗って反応みたりとか、そんなことしないって。だいたい、キットがなけりゃ包帯も何もないんだろう? 放置しといて直る程度の擦り傷には見えないよ」

無邪気な顔をして腕を引く<鴉>に、グラディウスは眉をひそめる。
だが確かに、放置しておくには少し傷が大きかった。感染するとやっかいだ。少なくとも消毒と止血くらいはしておかなくてはならないが、野戦地ではろくに清潔な布さえもない。

じゃ、決まりだね、と青年は楽しげに自室に銀髪の男を引っ張った。
簡素すぎる四角い部屋の中に、ベッドと物入れを兼ねた小さな机と椅子、足元にリュックサックがひとつ。
レイヴンはまず洗面台の水でグラディウスの傷を洗わせ、その間にリュックから包帯やガーゼを取り出すと、嬉々として逞しい腕をとった。

傷口にゼリーパームを当てる前に、流れ出す血をぺろりと舐めて恍惚と笑う。
外に出れば凄腕の諜報暗殺部員の彼だが、血の味を愛するという変わった嗜好を持っていた。

「うん、やっぱり美味しい」
「……」

案の定といった態で、グラディウスが腕をひいた。

「……自分でできる。貸せ」
「何言ってんの。利き腕じゃ巻きづらいだろ?」
「両利きだ」
「なんのために邪魔の入らない部屋まで連れてきたと思ってるんだよ。手当てもちゃんとするよ、これは消毒」

薬の容器を器用に隠して血を舐め続ける。無表情な<死神>のオーラが険しくなり、他の者なら失神しそうなレベルになっても、いっこうに気にしていないようだ。

「薬物入ったり、皆すぐに血がまずくなるからね。あんたみたいな美味しい血は貴重なんだよ」

赤い唇を血に染めて、うっとりした瞳で銀髪の男を見つめる。埒が明かないと思ったグラディウスは、自由な片手で軽くレイヴンの細い腕を押さえ込むと、解放された腕で薬の容器を取り上げた。

手を入れ替え左手で素早くゼリーパームを塗りこんでガーゼを当てると、口にくわえた包帯の端をレイヴンが手にとった。

「もう~。俺が巻いてやるっていってんのに」

もったいないなあ、とぼそっと呟きながらも、彼はきちんと包帯を巻いた。肝心の傷口がパームに覆われてしまったからだろう。

血を舐められた分、対価はすでに払っている。手当てが終わると、グラディウスはさっさとその部屋を後にした。



数ヶ月後。
レイヴンは中央基地の通路で双子を見つけ、笑顔を浮かべて歩み寄った。

「やあ双子ちゃん。その血、双子で味って違うのかなぁ。ねえ、舐め比べさせてくれない?」

同じ顔をした少年達の一方がふるふると震え、もう一方が庇うように睨みつけて前に出てくるのが面白くて仕方ない。
さりげなく動いて二人を壁際に追い詰めようとした鴉の襟首を、逞しい腕が背後から掴み上げた。

むっとする血の匂い。言葉を発する暇もないうちに、強く壁に押しつけられる。
双子とともに戦場から帰還したばかりのグラディウスが、全身に返り血を浴びた姿のまま、抜き身の刀のようなぎらついた雰囲気でレイヴンの頸を締め上げていた。

「……お前、先日デュークに締められたんじゃないのか」
(やばい、殺られる)

重低音を響かせる声にレイヴンは首をすくめた。
彼はひと月ほど前にも、双子の件でデュークに締め上げられていたのだ。

通路を歩いていたところを背後から呼び止められ、同時に口を塞がれ身体を抱えられて袋小路になった横通路の陰に引き込まれた。
そこは行き止まりになっていて、機器類の隠蔽された外部搬入口だったり、大型機械を移動させるときの待避所に使われている場所である。

デュークは背後から上顎を掴む形で塞いだ左手をずらし、彼の口を割ると自分の胸に押しつけた。

「あがっ…」
「咬んでもいいぞ」

獲物を狙う蛇の眼で笑い、細身の体を少し吊り上げる格好で、逆手に持ったナイフを彼の眼前に構える。
そのままぐぐっと首を曲げて彼の耳に口を近づけて囁く。

「お前の悪癖、程々にしておけよ。」

右手のナイフを手の中でくるりと回転させ、刃を人差し指で受け止めて指を滑らせると、ツー…と赤く細い線が走り、血がぽたぽたと滴り始める。

その指を鴉の割った口に近づけ、低い声を押し出した。

「この指で懲りない口の中を掻き回してやろうか? レーヴァン」
「ひっ……い、いいれす」

鴉はあわてて左右に黒髪を振るが、顎を押さえ込まれているために震えているようにしか見えない。

彼は医療部を時々手伝いながら、毎年採取される血液検体をこっそり味見させてもらっていたから、誰の血が「美味い」か「不味い」か、彼独自のランキングを持っていた。

曰く、双子はそこそこ美味く、グラディウスは常にランキングの2位あたり、……デュークは最下位というよりも毒、いやむしろ飲んだら調伏されてしまいそうな危険マークつきに分類されている。
そのことをデュークは耳にしていた。

「遠慮するな。私の血を輸血したら、その愉快な嗜好が変わるかもしれないぞ」

口の中に今にも突き込まれそうな血の流れた指に、燐光を放つ黄緑の瞳。レイヴンはそこで、双子にちょっかいを出さないようきつく約束させられたのだ。

しかしそれも、喉元を過ぎればすぐに忘れてしまう。この基地では誰もがどこか壊れている、レイヴンもまた同じだった。
懲りずに双子に声をかけた結果がこれだ。今度こそ身の危険を感じ、彼は恐る恐る視線をあげた。

思わず息が止まる。
そこにあったのは、血の匂いを纏ってまっすぐに黒羽の鴉を射抜く、恐ろしいほど強靭な真紅の瞳だった。
レイヴンの身体が震えた。恐怖ではなく……、歓喜で。
ごくりと喉が鳴る。

(見つけた…!)

なぜ今まで気づかなかったのだろう。
有機実験体の成れの果て、展示室の水槽の中身にならないために、色々考えていた。
この<死神>なら、頼めばバラバラになるまで殺してくれるのではないか。

「…頼む、俺を殺してくれ」

気づけばレイヴンは、潤んだ瞳でうっとりと囁いていた。紅の眼光の、なんという毅さ。殺されるならこの男がいい。

グラディウスに出会った敵兵が、まるで引き寄せられるかのように彼の前に立つと聞いたことがある。
そんな冗談のような話もさもありなんと思わせる、軍神の放つ真紅の揺らめき。研ぎ澄まされた死神の鎌のごとく、「死」そのものが持つ、美しさと抗いがたい魅力の具現。
無慈悲な真紅の瞳に殺されることが法悦であるかのような、それは感覚だった。

しかし恍惚としたレイヴンの顔を見、囁きを聞いて、グラディウスは内心舌打ちした。
これでは脅しが脅しにならない。
戦場で手にかけた敵兵が満足そうな顔をしていることがよくあるが、それと同じだ。

不意に手を離し、どんと細身の身体を突き放す。

「双子に手を出すな」

遠巻きに見物している観客達へも含め、それだけはっきりと言葉にしたが、まだぼんやりとしている鴉の頭には入っていなさそうだった。
まるで死神に魅入られてしまったかのように、ぼうっとして目の焦点が合っていない。

それを無視することに決め、グラディウスは固まっている双子の背を押すと、人波を左右に割かせながらその場を離れた。

レイヴンを溺愛している兄が、ハッキングしていた館内モニタ越しにそれを見て心配し、滅多に出ない自室から飛び出して廊下で弟を捕まえたのは数分後のことだ。

長らく施設の特A級を維持している二人を敵に回せば命がないことを、情報戦略を専門にする兄は呑気な弟の何倍もよくわかっていた。
戦略部の司令官には処決裁断の権限があるのだ。著しくチーム員の邪魔をすると思われれば、あっさりと処断されてしまう。

独自に<王蛇>とのコネクションを持っていた兄は、弟が殺処分にならないよう、逆に手を尽くして彼をチームに斡旋した。
見返りは表裏を含め、自分が握った情報の提供。

指揮下の人間になれば扱いは変わる。
こうして<鴉>は、気づかぬうちに飲み込まれかけていた王蛇の咢(あぎと)を逃れたのだった。













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鴉さん初登場w(たぶん)。
このお方も素敵に変人ですが、まあなんか壊れた人多かったです。。。



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Re:【銀月外伝】 THE SIX ISLES - 鴉 -(04/28) 

レイブンさん、いい感じに壊れていらっっしゃって、素敵なご趣味をお持ちですねぇ…(笑)
看護師の友人に、採血大好きな人がいるのですが、久しぶりにふと思い出しましたー。

王蛇さんの血はさすがにやばそうですww
ものすごい幻覚に悩まされそう…
グラディウスさんの血がおいしそうなのは、うん、なんかわかる気がします(笑)
甘くて、雑味のない感じでしょうかね(←壊れてる人)

グラディウスさんにとっては迷惑になりこそすれ、欠片もありがたくないことだとは思いますが、死神の魅力は絶大ですね…
でも、死に方を選べるのなら、みなさん、喜んで身を投げ出すのではないでしょうか。
かの方にからもたらされる死には、『もの』としての死ではなく、『生きた人間』としての死がそこにはある気がします。
それはグラディウスさんにはまったくもって関係のないことなのでしょうけど…
心奪われた相手の手にかかりたい、と思うのは、狂気の中にある唯一の正気だったのかもしれないですね…

鴉さんのお話、個人的にはもっと拝見したいです~♪
  • posted by 月の娘 
  • URL 
  • 2011.04/29 08:44分 
  • [編集]
  • [Res]

おへんじ 

>月の娘さん

王蛇さんの血はどうなんでしょうねえ~?
リフレッシュ戦時の傷の応急手当で、グラディウスは実はちらっと舐めたことがありますが、甘かったそうですよ (問題発言←

そしてこの、デュークさんの血がもはや毒(爆)とかいう会話から
吸血鬼さんの話が出てきたりもしたのでしたwww
どこにどう繋がるかわかりませんね 笑

  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2011.04/30 15:16分 
  • [編集]
  • [Res]

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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
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