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百代の過客 「スピリチュアル・ライフ(135094)」

タイトルはご存知、松尾芭蕉の「おくのほそ道」。

  月日は百代の過客にして 行きかふ年もまた旅人なり


長い長い間旅をして、世界を通り過ぎてゆく「時間」。
先週はなんとなくそれを実感するような週末でした。


祖母の一周忌で法事に出席して、遺体に対面したのはほんの一ヶ月くらい前のような気さえするのに
ああ、もう365日も経とうとしてる、季節は一巡りしたんだなぁ… とその速さに驚いて。

法事の後、ちょっと時間を置いてから叔父の入院している病院へお見舞いに行って。
叔父はもともと持病があったのですが、先日倒れて危篤状態までなってしまい、そのときICUにもお見舞いに行ったんです。
敗血症を起こしていて意識もなく、顔色は悪くはなかったけど管がいっぱい繋がれていて。。
でも先日行った時は、おかげさまでちゃんと意識もあって、まだ喋れないけれど喉の呼吸用の管も外されていて、よかったです。

蘇生処置をしたときに3分ほど呼吸が止まってしまったとかで、後遺症が危ぶまれているのですが
5歳のちびが手を触れるとすごく嬉しそうな顔でにっこりする、とても子供好きなところはそのままで。
管を自分で抜いてしまうとかで手は筒のようなもので拘束されていたのですが、その手を一生懸命何度も左右に振るのですね。

話せないから最初は何を言いたいのかがよくわからなかったのですが、
どうやら子供連れで大人数(先日結婚した弟夫婦も一緒でした)で行ったので
大変だから早く帰れ、って言いたかったらしいです。

「もしかして、大変だからもう帰れって言ってる?」と聞くと、うんうんと首を縦に振るのです。

入院中で、喋れもしなくて、手も拘束されていて、ろくに動くことも寝返りも打てなくて、
どんなにか心細いし、寂しいし、もどかしいだろうと思うのに
叔父は私達のことを心配してくれるのでした。

このまま死ぬのかもしれないって、ひどく不安になるだろうと思うのです。
そしてそれを表す手立てすらないのです。
もしかしたら、同居の家族がお見舞いに行ったらもっと甘えるのかもしれませんし
それは家族は大変だろうけれど、そうであったらいいなと、、、思います。


もう何年も前の話ですが、実家で同居していた祖父が倒れて入院したとき。
やっぱり同じ家で暮らしていたことのある家族には甘えて、怒りを出していたことがありました。

でもその祖父も、夜に私が一人でお見舞いに行ったりすると、(早く帰れ) って身振りをするのです。
そのときには私はもう結婚していて遠方にいたので、あまりお見舞いにも行けなかったのですよね。
だからもっと居たかったけど、祖父の気持ちもわかるし、実際に時間が遅くなればなるほど、祖父の心配は募るのだろうからと、早々に帰ったことがありました。
もう冬で外は真っ暗でしたし、実家に泊まる予定でしたけど、着いたよ、なんて電話するわけにもいかないですし。。


……そうしたら、それが最後になりました。

次に会ったとき、祖父は実家の畳の上に布団を敷いて寝かされていて、顔には白い布がかけられてありました。

だから私は、今でも後悔しているのです。

あのときもう少し、あと30分でもいいから、祖父の手を握っていればよかったと。
早く帰れと追い立てられても、「私がそばにいたいんだよ」って言えばよかったと。
おじいちゃんのためじゃなく、私がそうしたいんだ、と。
実際にそうだったのだから。



叔父のお見舞いに病院に行く前、面会時間までかなりあったので、近くの公園のような場所で時間を過ごしたのですが
ちょうど紅葉がきれいだったこともあって人が多くて、たくさんの赤ちゃんや家族連れを見ました。

そしてお見舞いをして、叔父の回復を喜びながら家族で外食をして実家に戻ってみたら
父の恩人が亡くなったという知らせが入っていて。。


逝ってしまった人がいて、生まれてきた命があって、病院の白い壁の中で闘っている人がいて、それを応援する看護師さんやお医者様がいて。
伴侶を得て結婚したばかりの若夫婦がいて、生命を謳歌している子供がいて、何度も同じ話を繰り返しながら、穏やかな眼で時を見つめるご老人がいて。

時も旅人なら、人もまたきっと、世界を駆け抜ける旅人なんでしょう。
それぞれの人生という旅をしながら、袖を擦りあう縁の中で生きている。

その邂逅はきっと一瞬で、だから、大好きだよって大事な言葉はちゃんとそのときに伝えないといけないんだなって思いました。
いつか言おうとか、わかってくれてるだろうとか、そんなふうに思ってると
いつのまにか時は経って、気がついたらもう手が届かなくなっている。

想いを胸にそっと抱いて生きるのも素敵だけれど、言えるならば言ったほうがいいのかもしれません。


大好きも、愛してるも、怒りも悲しみも、自分の中でまっすぐに味わうのがまず難しくて。
それができるようになっても、相手に伝えたり外に表現したりするのは、もっと難しくて。
そして相手から伝えられたそれらを、変にいじけたり卑屈になったりしないで素直に受け取るのは、もっともっと難しくて。

どうでもいい人は放っておいてもまあいいかもしれないけど、大事な人たちに対してはちゃんと、お互いに伝え合っていけたらいいなあって思います。

大好き、は比較的伝えやすいとは思うんですけども。
私はこれが嫌だったんだよ、っていうこともちゃんと伝えられて、感情の発散もして(発散するのと伝えるのは、一緒のときもあるけど別個でもいいと思う)、
相手からそういう意見がきたときには、ちゃんと逃げずに自分を見返すことのできる人。
ひととおり怒って、キー!と発散した後は、その自分の怒りの中に何が隠れていたのか、きちんと探すことのできる人。

もちろん怒りに限らなくて、表現上手で受け取り上手、になれたら素敵だなあって思いますけど
これがなかなかなかなかねえ…

……道は遠い。(はるかな眼 



と、いうようなことを数日かけてぼちぼち下書きしていたら、瑚月さんとこに素敵な記事が載りました♪

「外伝:大陸の風を>正倉院夢物語その6」

貴族さまと笛師さまの友情というか、邂逅がとても素敵です
笛師さま、こてんぱんにやられてますけど(爆)、実際はかなりの腕前なんですよwww
謙遜なさってますけどもw


想いを伝える、それができるっていうのは幸せなことですね。
それをしてもいい時に生きているなら、なるべくしてゆけたらいいなあ、と思いました^^


この正倉院夢物語シリーズ、以前もご紹介しましたがとっても楽しいお話なので、
ご興味のある方はぜひ第一話(http://plaza.rakuten.co.jp/ugetunitobou/diary/201011180000/)からお読みくださいませ^^
途中に挟まっているタコ星人の話も私は好きです~♪




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Comment

同感です・・・ 

スピリチュアルの素晴らしい情報が出回リ出して、
ポジティブな言葉にフォーカスされるのはいいんですけど、
怒り、悲しみ、たまには嫉妬や妬み、勇気が出なくて前に進めない自分…、
そんな 「事実」 を表現する事が 「悪い事」 かのようなムードを時々感じます。

人に伝えたい事って、「相手にとって嬉しい事ばかりじゃない」 ですよね。
「正直に話すしかない」 と思ってるんですよね。
「本当に気付いて欲しい事、分かって欲しい事は、そこなんだよ。」
って…、そういう話に限って言っても分かってくれないんですけど。。。

一生懸命考えて、何度も自問自答して、それでも言おうと決めて話して、
分かってくれなくても、まぁ、仕方ないと諦めますが。

身内に対しては、身内ゆえに素直になれない部分ってありますよね。
父親が入院しているので、自分も後悔しないよう対応しようと、
ここのところ、よく考えます。
昔は恨んでいましたけど、今は恨む気持ちは無くなっているので、
ちゃんと感謝の気持ちも伝えていこうと思います。

さつきのひかりさんも、お爺様のこと、後悔する気持ち分かります。
でも、結果論ですよね。長居せずに立ち去る事は、

「分かったよ。また来るからね。」

という、「また会えるから」 という気持ちを込めた行動だと思います。
だから、それで良かったんじゃないかと思うんです。
叔父様についても、複雑な心境になりますよね。
短い時間に、心を込めた面会ができると良いですね…。
今後、叔父様の容態が良くなりますように。

  • posted by あすケット 
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  • 2010.12/03 18:21分 
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Re:百代の過客(12/03) 

いつも、ありがとうございます。

読みながら、沢山沢山泣いてしまいました。
去年の夏、さつきのひかりさんの叔父様と同じ様に、私達の息子もICUで(2ヶ月間)治療を受け続けました。
沢山の管をつけ、喉にチューブを付け、手を縛られて、知り合いもいない病院で、一人頑張っていました・・・。
とても、とても心細かったと思います。
あの時から、私は、時間が止まっているみたいです。
親として、母として、何もしてあげれない悔しさと、無力感と、守ってあげれなかった悲しさと、毎日、医師から伝えられる胸を抉られる様な話・・・。辛かった・・・。
本人はもっともっと辛かったのに・・・。
本当にあっという間の出来事でした。

もっと、そばにいたかった。
一緒にいたかった。
もっともっと抱っこしたかった。

沢山沢山、後悔ばかりが残っています。
(ごめんね・・・ごめんね・・・。)

前を向かなくてはいけないのも充分わかっています。
時間のあるこの世界に生まれて、どんどんどんどん時は流れて、そして、必ずやってくる今生の終わり。
この大試練を乗り越えなくてはいけない事も、充分わかっています。
でも、普通に、人間ですからね。その時その時の感情に流されてしまうのは、当たり前だと思うし。
それで、いいんだと思うし。間違いなんて、ないと思います。

そばにいなくても、どこにいても、気持ちも思いも祈りもきっと届いていると思います。(信じています)
(でもやっぱり、時にははっきり、口で伝えた方がいい時もあるのかな?^^;)

後悔しない生き方なんてないかもしれないけど、後悔しないように、愛ある日々を過ごしたいですよね。
よ~し頑張るぞ~(^◇^)








  • posted by しま 
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  • 2010.12/04 00:04分 
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伝え合う想い 

さつきのひかりさんのところにお邪魔するようになってまだ日が浅いのですが、
いつも今の自分にぴったりくるテーマのお話で、ご縁を感じています。

いろんな人がいて、それぞれの人生があって、出会い、別れを繰り返していく。
一期一会。出会うことで何を学んでいくのか。
最近そんなことを考えています。

今朝も豪雨の後の虹や、飛ばされていく風船を見ながら、出会いの意味を考えていました。

突然逝ってしまった大事な大切な相方には、大好き、も、嫌なことも、お互いに伝え合い、共有し、深めていたので後悔はありません。
でもその彼を亡くした今は、伝える、ということについて、日々一人反省会です。

後悔のないように伝え合える、ということも、
お互いの信頼関係があってのことで。

友人や身内は、自分にとって大切な人でも、その距離感が難しい。
後悔のないようにというのは独りよがりな考えになるのではないか、とか、
相手の気分を害するのではないか、この一言で関係が崩れたら、とか、相手が引いてしまうかも...などなど
あれこれ考えてしまうのです。。

それであとからクヨクヨ反省する。。。


でもですね、仕事柄様々な危機的状況のご家族をみてきましたが、言葉以外の表現で伝わることも多い、とも感じています。

近くでただ同じ時間を共有すること。
相手を強く想うこと。
言葉はきつくて悪くても、愛がこもっている、とか。

ちゃんと言葉にしなくても届くんです。
発信者と受け手のアンテナの精度と相性の問題はあると思いますが。

うちのちびちゃんは受け取り上手なので、パパの危篤もママの愛も怒りも言葉で伝わる前に敏感に察してくれます。。。

なんだかうまくまとまりませんが、
表現上手で受けとり上手って、すごくいいですね。
私もそうありたいです。


  • posted by 伯楽 
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  • 2010.12/04 00:54分 
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re:百代の過客 

今ちょうど父がまさに最期の時を迎えようとしている時です。さつきのさんのお話が心に素直に響きます。>想いを伝える、それができるっていうのは幸せなこと
本当ですね~。だからこそ、その時に、
>表現上手で受け取り上手
になれたらいいな・・・。

だけど不思議です。素敵な方々とお会いして、笑ったり楽しく過ごしている時の自分・・・父を心配している一方で父に対し怒っている時の自分・・・仕事で子供達に勉強を教えている時の自分・・・自分は一人のくせに、どの時の自分も一生懸命で真実なんですよねえ。キラキラ光る石の色々な面を見ているみたい。どの面も自分なんだなぁ。
  • posted by かほり 
  • URL 
  • 2010.12/04 01:59分 
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Re:百代の過客(12/03) 

ご紹介ありがとうございますw。
さつきのひかりさんのご祖父さま、本当にお優しい方だったのですね。
けど、ご祖父さまはご祖父さまで、どんな自分になっても大事な者を自分の出来る事で守ったっていう、満足感を持たれたと思います。それはどんな自分でも役に立てるということ以上に、自分を愛する者を最後まで愛せた・・・っていう事かと。
ICUの風景は私の日常の一つですが、病院とは確かに人さまの人生の転換期を迎えるとともに、家族や周囲の方々の心が動く時期でもありますですね・・・。
  • posted by 瑚☆月 
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  • 2010.12/04 09:44分 
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おへんじ 

>あすケットさん
想いを出さずに抱いていることも、思い切って伝えることも
一生懸命生きていることに違いはないと思うのですよね。
ただ、相手にとって嬉しくないことを伝えるときほど、それを意識的に丁寧にやろうとすればエネルギーがいるものだと思います。
それでも伝えたいと思う自分の気持ちは、大事にしてナデナデしてあげてもいいかなと思いますw


>しまさん
どうぞ涙が涸れるまで、沢山お泣きになってください。
可愛い盛りのお子様を亡くされたお母様が、無理に元気になんてならなくていいんですから…。
お子様は、それでもしまさんママがいい!って選んでこられたのですね。
ほんの4年の間であっても、普通の一生と変わらないくらいの、それ以上の愛情を注いでもらえると、きっと知っていたのかもしれません。
ママ大好き♪、とお子様は笑顔でおっしゃっていると思います。
もしよかったら、月の森でお子様とたくさん遊ばれますように…


>伯楽さん
相方様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。。
リアルに体温の伝わる距離感って、いいですよね。
物理的に距離が離れてネットだけになったりすると、手段が言葉しかなくなってしまうので、非言語コミュニケーションは難しくなりますよね…
そっと肩に手を置けたり、ハグできたらそれでいいのにな、って思うときもあります。
表現上手の受け取り上手、なれたらいいなあと思います。

  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2010.12/05 20:13分 
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おへんじその2 

>かほりさん
人っていろんな面を持っていて、どれもキラキラしたクリスタルの一面と同じだと思うのです。
トータルの面とか、子供っぽい面とかはあるにしても、偉い偉くないはそこにはなくて、どの面も同じように大事なんだろうなあ、と思います。
上の人の人格もきっとそうですよねw


>瑚月さん
ああ… 祖父がそうやって満足していてくれたなら、私は救われます。
優しいお言葉をどうもありがとうございます。
そうですね、私の後悔だけではなくて、祖父が大事にしたかった部分も、ちゃんと同じく見ないといけませんよね。
ICUはまさに命の現場で、言葉にならない、できないものがたくさん渦巻いていると感じます。
そこを日常となさる医療従事者の皆様って、本当にすごいと尊敬しています。

  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2010.12/05 20:13分 
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Re:百代の過客 

あと30分一緒に居れたら...という気持ちはわかりますが、お祖父様はさつきのひかりさんが遠路はるばるお見舞いに来てくれただけで嬉しかったのだと思います。
さつきのひかりさんに会うのを待ってたのかもしれませんね。
私事のお話で恐縮なのですが。
私の祖母も2年前に他界しました。
当時受験生だった弟は、時間が合わず祖母の入居していた老人ホームへ見舞いに行く事が出来ませんでした。
祖母が入居してから3ヶ月、弟は全く見舞いに行けなかったのですが、いよいよいつ亡くなってもおかしくないと言われてから1週間後、初めて弟が見舞いに行った数時間後に他界しました。
弟は『僕が行ったから亡くなった』と大泣きしてましたが、そうではなく、弟の姿を一目見る為に祖母は待っていてくれたんだろうなと思いました。
老人ホームに入る前から一緒に暮らす私たち家族すらわからなくなる程の痴呆だった祖母でしたが、最期はずっと一緒に暮らしていた私たち家族の手が触れた時だけ涙を流していました。
言葉がなくても愛は伝わるのだなと実感した体験でした。
しかしそれと同時に、さつきのひかりさんも書かれているように『言葉で伝えられる事は伝えなければ』とも思いました。
だから、この記事から、日々感謝の気持ちをもって、伝えられる時は好きだという気持ちを伝えようという気持ちを再認識させられました。
本当にありがとうございました!!
  • posted by よっきぃ 
  • URL 
  • 2010.12/06 01:18分 
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  • [Res]

おへんじ 

>よっきぃさん
お話を伺って、お祖母様はきっと弟様を待っていらっしゃったのだと、私も思いました。
同時に弟様のお気持ちもとてもよくわかります。
大好きなお祖母様が亡くなられて、ご自分を責めるしか思いつかなかったのですよね…
優しい優しい想いと繋がり。。きっとお祖母様が遺されたものなのでしょう。
お祖母様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
  • posted by さつきのひかり 
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  • 2010.12/07 13:54分 
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Re:百代の過客(12/03) 

ずっしりと胸にきました。
私が10代の頃、同級生が事故で亡くなりました。
それも、当時付き合っていた彼女の誕生日に。
故郷を離れ遠くの学校に通っていたのですが、夏季休暇で帰省していて地元の同級生と遊んだ後、彼女と会う予定だったのですが、二度と会えなくなってしまいました。
葬儀で会った彼女の姿を20年近く経った今でも鮮明に覚えています。
あまりの悲しみに、人形のように無表情にひっそりと座っていました。
彼女の姿を直視できなかったです。
人は、いつどこで亡くなってしまうのか、誰にもわからないですよね…
わたしも親戚や近親者の死に何度もあいました。
そのたびに、後悔だけはしないように、と思います。
でもきっと、どれだけその時必死にできることをしたとしても、やっぱり大切な人の死に向かう時は、悔いが残るのだろうな、と思います。
相手の思い、自分の思い。
お互いに大切であればあるほど、譲れない思いがぶつかることはたくさんあるんでしょう。
その時、自分がどうすればいいのか、今でもものすごく悩みます。
相手のために自分がしたいこと、でも、相手もわたしのためにしたいと思ってくれることがあって、それがぶつかってしまう時、どうしたらその両方が満たされるのかな、って。
難しくて全然わからないんですけど、でも、その時の自分の感じたように動いてみよう、と思いました。
一貫性のない行動のように見えてしまうかもしれないですけど、自分と相手のどちらを優先したとしても、根底にある相手を大切に思う気持ちに、一片の変りはないので…
幼稚かもしれませんが、いまの自分の、これが精一杯です。

わたしの曾祖母が入院していた時も、叔父様と同じ理由で両手を拘束されておりました。
見ているこちらも、とても辛くて泣けてきたのを覚えています。
本人のためとはいえ、切ないですよね…
叔父さまがお元気になられますよう、願っております。
  • posted by 月の娘 
  • URL 
  • 2010.12/07 20:48分 
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おへんじ 

>月の娘さん
どちらもが相手を思ってのとき、それはいつも難しいところですよね。。。
でも、最後に出てくる「早く帰れ」とかの言葉だけではなくて、そこに至る最初の理由、「あなたが大事だから」っていう部分を、どのようにでもまず伝えられたら
お互いに大分違ってくるのかもしれませんですね。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2010.12/09 17:00分 
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さつきのひかり

Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

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ルシフェルの翼Calling You 開発者。
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