2010.05/05 [Wed]
【陽の雫 45】 子供
着陸した移送艦の前に張った制圧本部のテントで、書記役の兵士とともに次々に入る捜査報告を聞いているアルディアスのもとへ、エル・フィンが一人の子供を抱いてやってきた。
茶色の巻き毛に泣きはらした目。
その子を椅子に座らせ、待っているよういい含めているエル・フィンに、目で問いかける。
「……一人、間に合いませんでした」
金髪の青年は苦しそうに顔をゆがめた。
「でも、一人、間に合ったんだろう」
子供の瞳にふと微笑みかけながら、アルディアスは訊ねた。
「この子が連れてこられたのは、私達の失態です。おととい、連れてこられたそうです」
絞り出された声はひどく苦い。
「私がこちらに移動・着任した日です。出発時にもう少し周りに気を配ればよかったのですが。すみません」
「エル・フィン先生?」
子供が不思議そうに青年を呼ぶ。アルディアスは穏やかな目をしたまま、視線を部下に動かした。
「エル・フィン、君は教師としてあの町にいたんだったね」
「はい」
「教え子を救えてよかったね」
ふわりと微笑む。
「……はい」
「ではその報告は終わり。君が暗い顔をしていたら、あの子が心配するからね」
「ありがとうございます」
青年は頭を下げた。
そう、どれほどの悔いが残るかは、アルディアスにも想像に難くない。
しかしそれよりも、今ここでは間に合った命を喜んだほうがいい。
エル・フィンはその子の前に、目線を合わせるように膝を折った。
「もう少し大人しくここで待っていられるか? 先生はまだやることがあるからね。それが終わったら家に帰れるから」
「うん、先生は約束破らないもんね。待っている」
子供がにっこり笑い、思わず彼も微笑む。赴任地では、子供達としっかりした信頼関係を築いていたのだろう。
こんな戦乱の世でさえなければ、彼はほんとうに平和な学校の先生をしていたのかもしれなかった。
「じゃあ、一つだけ先生からお願いしていいか?」
「何?」
「ここで先生がやっていることは他の誰にも言わないでいてほしい。出来るか?」
子供はきょとんとしていた。
「先生が助けてくれたって言っちゃ駄目なの?」
「それは大丈夫。でもここで見たことは駄目。いいか?」
エル・フィンの真剣なまなざしに感じるものがあったのだろう。なんで言ってはいけないのだろうと不思議な顔をして少し考えてから、子供はうなずいた。
青年は笑って頭を撫で、上司のほうを向くともう一度捜索に出ることを伝えた。
エル・フィンを送り出すと、アルディアスは席を立ち上がった。制圧本部に危険はないにせよ、子供がひとりでこんなところに置いておかれたのでは不安に違いない。
緊張した瞳に向かって、こんにちは、とにっこり微笑みかけると、子供もちらりと笑顔を見せた。
「ここ、座ってもいいかな?」
子供の隣の椅子を指す。いいよ、と彼は言った。
「ありがとう」
椅子を大きく斜めにひいて、身体を半分子供にむけるようにしてゆったりと腰かける。
「ごめんね。お茶でも出せればいいんだけれど。寂しかったろう?」
「うん……でも、大丈夫。僕、男の子だから。男の子は強いんだって、エル・フィン先生が言ったから」
「そうか」
銀髪の男は微笑んだ。元々子供は好きで、神殿で小さな子供に読み書きを教えていたこともある。
「エル・フィン先生のことは好きかい?」
「うん、好き」
子供がぱっと笑顔になった。金髪の青年は、よほど慕われていたに違いない。軍部では無表情だの絶対零度だのと異名をとっているが、子供達の前では別人なのか……いやきっと、そちらが本当なのだろう。彼の深い優しさを、アルディアスは知っている。
楽しげなエル・フィンの笑顔までが見えるようで、アルディアスの微笑みはいっそう深くなった。
「あの……先生は、エル・フィン先生の先生なの?」
もじもじと手を動かしながら、子供が尋ねる。エル・フィンがマスターと呼んでいたからだろう。
それは自分が師と思って尊敬する人に対して使う呼称だと、子供は知っているらしかった。
「いや、何も教えてなんかいないよ。そんな器じゃないって言っているのに、マスターと呼ぶのをやめてくれないのさ」
「そう、俺とエル・フィンの先生なんだよ」
アルディアスの言葉にかぶせて部屋に入ってきたのはデオンだった。
にかっという感じで子供に笑いかけ、銀髪の男に向かう。
「俺もマスターと呼ばせていただくことにしましたから、マスター」
「……あのね、」
「デオンで結構です。エル・フィンはもう三年もそうお呼びしているとか。それなら俺だって構わないでしょう。今日はそれは見事なものでしたからね」
「デオン。子供の前で誤解を招くようなことは……」
「誤解じゃありませんよ。尊敬するエル・フィン先生の尊敬する人は、やっぱりすごい人でなきゃ。そうだろ、ぼうず?」
子供に軽くウィンクをしてみせる。
デオンは気を利かせて、両手に水の入った紙コップを三つ持っていた。味気はないが、使えるのが移送艇ではしかたがない。短期移動用に作られた艇だから、設備は簡素なものしかないのだ。
コップを配ると、子供を挟んだ位置に彼も腰かけた。
後始末の捜査が進むほどに酸鼻な事件が明らかにされ、その中でたった一人でも生き残った子供がいたという事実は、実際とても貴重でありがたかった。
「エル・フィン先生はじき戻ってくるからな」
(どうやら他に生存者はいないようです、マスター)
朱色の瞳で優しく子供に言いながら、心話で伝えてくる。
(そうか……)
エル・フィンが、一人間に合わなかったと言っていた。その子とこの子、この時期施設に連れてこられていたのは二人だけだったということか。
確かに、そう多くの子供を一度に連れ去ったのでは目に付きやすいし、それよりも一人の子に対する『商品価値』をあげたほうが効率がいいのだろう。
そこへエル・フィンが戻ってきた。黙って首を横に振ったのは、生存者なしという意味だ。
金髪の青年にかるくうなずいてからデオンを見る。
(デオン、艇に甘いものは積んであるかい? できれば軍のカロリー補給用じゃなくて、お菓子のようなもの)
(はて、給湯室の引き出しに、飴くらいならいくつか入っていたと思いますが)
(そうか、ありがとう)
アルディアスは微笑むと、子供に両手を出してごらんと言った。
「怖かったろうに、一人でよく頑張ったからね。ご褒美だよ」
空中から、その小さな手のひらの上にキャンディが三つばかりもぱらぱらと降る。
子供が茶色い目をまんまるくしてお菓子を見つめた。
「うわあ……! ありがとう、先生、魔法使いなの?」
「……そうだねえ、魔法使いになりたかったな。だからまだ見習いだよ」
アルディアスが笑い、子供も嬉しそうに笑う。その様子を見て、エル・フィンも思わず微笑みながら子供の頭を撫でた。
「良かったな」
「エル・フィン先生も出来る?」
茶色の目が期待にきらきらと輝いて上を振り向き、エル・フィンは一瞬返答に詰まった。
(給湯室の引き出しにもう少しあるみたいだよ)
アルディアスは笑いを含んでそう伝えた。やってみるか、という顔をした青年の指がすらすらと小さく動いて呪文を書き出し、その手に飴玉が一個取り寄せられる。
「先生はこれくらいが限界だな」
「先生の先生はすごいんだねぇ」
その一個を渡しながら言うと、子供はいっそう目を輝かせた。エル・フィンは思わず苦笑した。上司の場合は、補助のスペルすら使っていないはずだ。
「お…、お兄さんもできる?」
一瞬デオンを「おじさん」と言おうとしたのか。年齢はそれほど差がないから「先生」のあるなしの問題だろうが、エル・フィンが思わずふき出す。
「残念ながら俺は出来ないんだ」
子供を気遣ってのことだろう、僚友を睨んでからデオンは子供に向き直り、にかっと笑った。
<ただの物語 断片54 作戦5> エル・フィンさん
http://elfin285.blog68.fc2.com/blog-entry-210.html
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◆【銀の月のものがたり】 道案内
◆第二部【陽の雫】目次
本当は昨日アップしようと思って、実際やりかけたんですが
今日が「子供の日」だったのでなんとなくタイトルと合わせてみました 笑
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茶色の巻き毛に泣きはらした目。
その子を椅子に座らせ、待っているよういい含めているエル・フィンに、目で問いかける。
「……一人、間に合いませんでした」
金髪の青年は苦しそうに顔をゆがめた。
「でも、一人、間に合ったんだろう」
子供の瞳にふと微笑みかけながら、アルディアスは訊ねた。
「この子が連れてこられたのは、私達の失態です。おととい、連れてこられたそうです」
絞り出された声はひどく苦い。
「私がこちらに移動・着任した日です。出発時にもう少し周りに気を配ればよかったのですが。すみません」
「エル・フィン先生?」
子供が不思議そうに青年を呼ぶ。アルディアスは穏やかな目をしたまま、視線を部下に動かした。
「エル・フィン、君は教師としてあの町にいたんだったね」
「はい」
「教え子を救えてよかったね」
ふわりと微笑む。
「……はい」
「ではその報告は終わり。君が暗い顔をしていたら、あの子が心配するからね」
「ありがとうございます」
青年は頭を下げた。
そう、どれほどの悔いが残るかは、アルディアスにも想像に難くない。
しかしそれよりも、今ここでは間に合った命を喜んだほうがいい。
エル・フィンはその子の前に、目線を合わせるように膝を折った。
「もう少し大人しくここで待っていられるか? 先生はまだやることがあるからね。それが終わったら家に帰れるから」
「うん、先生は約束破らないもんね。待っている」
子供がにっこり笑い、思わず彼も微笑む。赴任地では、子供達としっかりした信頼関係を築いていたのだろう。
こんな戦乱の世でさえなければ、彼はほんとうに平和な学校の先生をしていたのかもしれなかった。
「じゃあ、一つだけ先生からお願いしていいか?」
「何?」
「ここで先生がやっていることは他の誰にも言わないでいてほしい。出来るか?」
子供はきょとんとしていた。
「先生が助けてくれたって言っちゃ駄目なの?」
「それは大丈夫。でもここで見たことは駄目。いいか?」
エル・フィンの真剣なまなざしに感じるものがあったのだろう。なんで言ってはいけないのだろうと不思議な顔をして少し考えてから、子供はうなずいた。
青年は笑って頭を撫で、上司のほうを向くともう一度捜索に出ることを伝えた。
エル・フィンを送り出すと、アルディアスは席を立ち上がった。制圧本部に危険はないにせよ、子供がひとりでこんなところに置いておかれたのでは不安に違いない。
緊張した瞳に向かって、こんにちは、とにっこり微笑みかけると、子供もちらりと笑顔を見せた。
「ここ、座ってもいいかな?」
子供の隣の椅子を指す。いいよ、と彼は言った。
「ありがとう」
椅子を大きく斜めにひいて、身体を半分子供にむけるようにしてゆったりと腰かける。
「ごめんね。お茶でも出せればいいんだけれど。寂しかったろう?」
「うん……でも、大丈夫。僕、男の子だから。男の子は強いんだって、エル・フィン先生が言ったから」
「そうか」
銀髪の男は微笑んだ。元々子供は好きで、神殿で小さな子供に読み書きを教えていたこともある。
「エル・フィン先生のことは好きかい?」
「うん、好き」
子供がぱっと笑顔になった。金髪の青年は、よほど慕われていたに違いない。軍部では無表情だの絶対零度だのと異名をとっているが、子供達の前では別人なのか……いやきっと、そちらが本当なのだろう。彼の深い優しさを、アルディアスは知っている。
楽しげなエル・フィンの笑顔までが見えるようで、アルディアスの微笑みはいっそう深くなった。
「あの……先生は、エル・フィン先生の先生なの?」
もじもじと手を動かしながら、子供が尋ねる。エル・フィンがマスターと呼んでいたからだろう。
それは自分が師と思って尊敬する人に対して使う呼称だと、子供は知っているらしかった。
「いや、何も教えてなんかいないよ。そんな器じゃないって言っているのに、マスターと呼ぶのをやめてくれないのさ」
「そう、俺とエル・フィンの先生なんだよ」
アルディアスの言葉にかぶせて部屋に入ってきたのはデオンだった。
にかっという感じで子供に笑いかけ、銀髪の男に向かう。
「俺もマスターと呼ばせていただくことにしましたから、マスター」
「……あのね、」
「デオンで結構です。エル・フィンはもう三年もそうお呼びしているとか。それなら俺だって構わないでしょう。今日はそれは見事なものでしたからね」
「デオン。子供の前で誤解を招くようなことは……」
「誤解じゃありませんよ。尊敬するエル・フィン先生の尊敬する人は、やっぱりすごい人でなきゃ。そうだろ、ぼうず?」
子供に軽くウィンクをしてみせる。
デオンは気を利かせて、両手に水の入った紙コップを三つ持っていた。味気はないが、使えるのが移送艇ではしかたがない。短期移動用に作られた艇だから、設備は簡素なものしかないのだ。
コップを配ると、子供を挟んだ位置に彼も腰かけた。
後始末の捜査が進むほどに酸鼻な事件が明らかにされ、その中でたった一人でも生き残った子供がいたという事実は、実際とても貴重でありがたかった。
「エル・フィン先生はじき戻ってくるからな」
(どうやら他に生存者はいないようです、マスター)
朱色の瞳で優しく子供に言いながら、心話で伝えてくる。
(そうか……)
エル・フィンが、一人間に合わなかったと言っていた。その子とこの子、この時期施設に連れてこられていたのは二人だけだったということか。
確かに、そう多くの子供を一度に連れ去ったのでは目に付きやすいし、それよりも一人の子に対する『商品価値』をあげたほうが効率がいいのだろう。
そこへエル・フィンが戻ってきた。黙って首を横に振ったのは、生存者なしという意味だ。
金髪の青年にかるくうなずいてからデオンを見る。
(デオン、艇に甘いものは積んであるかい? できれば軍のカロリー補給用じゃなくて、お菓子のようなもの)
(はて、給湯室の引き出しに、飴くらいならいくつか入っていたと思いますが)
(そうか、ありがとう)
アルディアスは微笑むと、子供に両手を出してごらんと言った。
「怖かったろうに、一人でよく頑張ったからね。ご褒美だよ」
空中から、その小さな手のひらの上にキャンディが三つばかりもぱらぱらと降る。
子供が茶色い目をまんまるくしてお菓子を見つめた。
「うわあ……! ありがとう、先生、魔法使いなの?」
「……そうだねえ、魔法使いになりたかったな。だからまだ見習いだよ」
アルディアスが笑い、子供も嬉しそうに笑う。その様子を見て、エル・フィンも思わず微笑みながら子供の頭を撫でた。
「良かったな」
「エル・フィン先生も出来る?」
茶色の目が期待にきらきらと輝いて上を振り向き、エル・フィンは一瞬返答に詰まった。
(給湯室の引き出しにもう少しあるみたいだよ)
アルディアスは笑いを含んでそう伝えた。やってみるか、という顔をした青年の指がすらすらと小さく動いて呪文を書き出し、その手に飴玉が一個取り寄せられる。
「先生はこれくらいが限界だな」
「先生の先生はすごいんだねぇ」
その一個を渡しながら言うと、子供はいっそう目を輝かせた。エル・フィンは思わず苦笑した。上司の場合は、補助のスペルすら使っていないはずだ。
「お…、お兄さんもできる?」
一瞬デオンを「おじさん」と言おうとしたのか。年齢はそれほど差がないから「先生」のあるなしの問題だろうが、エル・フィンが思わずふき出す。
「残念ながら俺は出来ないんだ」
子供を気遣ってのことだろう、僚友を睨んでからデオンは子供に向き直り、にかっと笑った。
<ただの物語 断片54 作戦5> エル・フィンさん
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本当は昨日アップしようと思って、実際やりかけたんですが
今日が「子供の日」だったのでなんとなくタイトルと合わせてみました 笑
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