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カードの旅 3《女帝》 「スピリチュアル・ライフ(135094)」

「誰なの、あの女は誰なのよ」

 泣き濡れた顔で、彼女は私の胸を叩いた。涙で頬が光っている。
 見回すと、ベッドサイドの小さなテーブルに、金色の鈴のついた鍵がひとつ、ちょこんと置かれていた。

 ああこれが原因なのだな、と私は感づいた。だが、その鍵が渡った相手が誰なのかなど、私が知るはずもない。

 彼女はなおも、泣きながら私の胸を叩く。
 それまでかなりぼんやりとただ座っていた私は、はじめて腕に力を入れて持ち上げてみた。それは太くがっしりした男の腕で、指はずんぐりと丸い。
 細い肩を抱いてやると、彼女はしゃくりあげた。

 タイミングを計っていたかのように、口が勝手に動いて、知らない男の声が言った。
「悪かったよ。俺が悪かった」
 嘘ではなく、本当に悪いと思っていそうな声ではあった。男臭いシャツから彼女が顔をあげる。まつげに溜まった涙が、朝露のように電灯の光をはじいた。

「あれは従妹なんだ。親と喧嘩して、家出してきたといって。本当だよ。信じてくれ」
 私はあきれた。
 真実ならまずい真実であったし、嘘ならもっとましな嘘をつくべきだった。

いったい誰が、こんな言い訳を信じるというのだ。どちらが本当かは知らないが、馬鹿な男だと思った。
 案の定、彼女は(嘘ばっかり)という目でこちらを見た。可愛い顔は涙と怒りでさんざんに乱れ、まるで般若のようだ。

「本当だよ。俺にはお前だけだ」
 彼女は黙ったまま、じっと男の顔を見つめていた。そのまま手を振り上げて頬に平手打ちでもし、啖呵をきって別れてしまえばいいのにと私は思った。

 しかし、傷ついた心を深く箱に押し込めるように下を向き、彼女はこう言った。
「……わかったわ、信じる」
 嘘だろう、なぜ信じるんだ。私は口を動かしたが、声は出なかった。

 男に騙される女の話を聞くたび、信じられないと思ってきたが、その生きた実例が目の前にいる。
「信じるわ」
 顔をあげて決意表明すると、苦労して微笑みを浮かべ、彼女は私を抱きしめた。

 馬鹿な女だ。
 それとも女という生き物は、みなこのように子供だましの嘘を信じるのだろうか。わからない。そう思いながらも、太い腕を動かして彼女の背を抱いてやった。無理に笑い無理をして生きるには、小さすぎる身体だと思った。

 私の腕は男の太い腕から離れ、幽霊のように長い髪と背を通り抜けて、彼女が隠した心の小箱の鎖に触れた。
 厳重に封じられたそれの傷は癒されておらず、あふれつづける血がべっとりと掌をぬらす。赤い鮮血は掌から染み入って、ちいさな囁きをもらした。

(嘘よ、嘘よ)
 私はどきりとした。囁きはなおも流れ込む。

(そうよわかってる。また嘘なんだわ)
(だけど、私が信じてあげなきゃ)
(私が信じてあげなきゃ、誰がこの人を信じるというの? 家族も、他の誰にも、この人は心を許していないのだもの)
(この人は淋しいんだわ)

 いつしか雲がきれて、夕焼けの赤い陽が二人の背におちかかる。
 ぽつりぽつり、雨だれ口調で身の上話をはじめた男の耳には、この囁きは聞こえていないようだった。

 彼女が思っているように、この男は淋しいのだろう。自分のことを語る口調はひどく不器用で、裏にはまぎれもない孤独がにじんでいた。
 いつのまにか二人はベッドに身体を投げ出して、細い指が、あやすように男の髪を撫でていた。

 話に口を挟まず、ときおり静かに相槌をうちながら、何時間でも彼女は男の髪を撫でていた。
「……だったんだ」
 語り終えた男に、彼女は微笑んだ。大海原の雲間から光がさしこむような、慈愛の微笑みだった。

(私が支えてあげる。私が居場所を作ってあげる。できるかぎりの安らぎの中で、あなたはゆっくり休むといいわ)
(そうして、いつか淋しさに泣かなくなる日まで)

「ええ、わかるわ。辛かったのね。もういいのよ、我慢しなくても」
 優しく言って、彼の額にキスをする。

 男は泣きながら、強い力で彼女を抱きしめた。不自由な体勢になりながら、彼女はなおも優しいキスをくりかえす。
 あたたかい羊水に満ちた彼女の子宮で、私はさめざめと泣いた。


*    *    *

 そんな夜が繰り返されて、男は次第に泣かなくなった。
 行動も目に見えて落ち着き、寂しさを他の女にまぎらわすようなこともなくなった。
 まるで生まれなおしたようだと、彼の中で私は思った。

 彼は心から感謝することをおぼえ、ある日彼女にバラの花束を買ってゆくことにした。「もう少し金が貯まったら、指輪も買える」と花屋の前でつぶやいた独り言を、私は知っている。
 男はなんて求婚しようかと、うきうきしたりどきどきしたりしながら、待ち合わせの場所に急いだ。

 彼女は先に来ていた。男に気づくとすっと立ち上がる。白いスーツがすらりとした身体によく映えていた。
 男が背に隠すように持つ花束に気づき、哀しげな微笑をもらすと、彼女はきっぱりと言った。

「別れましょう、わたしたち」
 機先を制されて、男は口をあけたまま立ち尽くしていた。
「ど、どうして」

 私は彼の口を動かして、ようやくそれだけ喋らせた。彼女はあの、美しい慈愛の微笑みを浮かべる。
「もう、大丈夫だからよ」

 ぽんと男の腕を叩き、そのまますれ違って歩き去る。男は力なく垂れ下がった腕の先、地面に落ちた赤いバラをただ見つめていた。
 女のヒールが硬質な音を立てて遠ざかってゆく。
 腕の最後のぬくもりから、男の気づかぬささやきがかすかに聞こえた。

(さよなら、私の可愛い子)
(いつかまた会えるかしら。今度は母と子ではなくて、対等なひとりの人間として……)

 彼女の目に涙が光っていたことに気づいたのは、私ひとりだったろう。
 足音が完全に消え去っても、男はバラを見つめてただ立っていた。彼がひとりで自分の甘えに気づくまで、どれくらいかかるだろうかと私は考えた。



◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆




さて、皆様いかがだったでしょうか。カード番号の3、《女帝》です。
ほんとうはこの前に、2の《女教皇》が来るべきなのですが、過去サイトではアップされていませんでした。書きかけの草稿は見つけましたが、ろくな完成度ではなく。。

書ききってから順番に載せようかとも思いましたが、この際過去のものは過去のものとして、一気に載せてしまおうと思いました。
そのため順番が飛んでおります。ご了承くださいませ。
そして、過去にあったものは、このあとに《皇帝》、そしてエッセイ形式による《星》と《愚者》があるのみとなります。



《女帝》というのは、産み育てる母性の象徴です。
すべてを大きな海のなかに受けいれ、受けとめる。

聖母マリアの「マリア」という名は、古代語の「海」からきています。
mareはラテン語で「海の波」を表し、ミリアム(=マリア)はヘブライ語で「塩の海」あるいは「海の婦人」という意味です。英語でも、海のことをmarineといいますね。女性は胎内に羊水の満ちた海を持ち、命を生み出す存在なのです。

もちろん、ときにはその作用が強すぎることもあるわけで、世に言う「マザー・コンプレックス」は、心理的に母親の子宮から出られていない状態を指します。
図書室でも書いた「子を喰らう母」で、タロットでいうとこれが逆位置。

聖母マリアが正位置です。
暖かく子を包み、傷ついたときにはいつでも帰って休める場所。
甘えを甘えとわかっていて、静かに抱きしめてくれる腕。

そんな場所を心に持っていることで、人は安心して前に進めるのです。
ただし、「母親」と結婚することはできません。
男性が甘える場所を欲するように、女性だって欲している。

どちらかが耐え、どちらかが甘えるだけの結婚生活は破綻してしまいます。
共同生活なのですから、両方が甘え、支えあうものなのですね。
この彼も、そのことにいつか気づく日がくるでしょう。



お読みくださってありがとうございました。
「私」は誰か、というご質問は受け付けませんが(笑)、
ご意見ご感想、お待ちしております(^^)


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Comment

Re:カードの旅 3《女帝》(02/27) 

女帝のカード。タロットの物語なんですね。カードがめくれる度にいろんな物語ができる。タロットってドラマですね。
私も海でありたいと常々思います。男のウソなんて本当は分かっているのに知らぬ降りをする。本と、女は苦労します。
でも、やっぱり女は内なる母を持っている。ちょっと考えさせられました。大きく深い女になりたいです。
  • posted by byak-ko(^・^) 
  • URL 
  • 2007.02/27 15:34分 
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  • [Res]

Re[1]:カードの旅 3《女帝》(02/27) 

byak-ko(^・^)さん

大アルカナは特に、一枚一枚がドラマなんですよ。
その人が運命の舞台に立ったときに現れてきます。

赤ちゃんの浮かぶ羊水、成分は海水とほぼ同じなのだそうです。
女性は本当に、体内に海を持っているんですね。
そして、そのなかで生命進化の過程を何億年分も繰り返すのです。命の母、ですよね。
でも実際の生活では、母であるだけでは生きてゆけない。すべては陰陽のバランスなのかなと思います。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2007.02/27 19:06分 
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Re:カードの旅 3《女帝》(02/27) 

ジェイドさんの、ブログを読み終わり、さつきさんのブログを読み始めています^^
タロットカードは知ってはいましたが、奥の深さにびっくり^^;
内容に、旦那との関係を絡ませながら読みました
ウハーー、最後に、お別れするのかーー
それが私には出来ない・・・
こんな古いコメントは読まないですよね^^;
自己満足で書いてます、板汚してたらす見ません
  • posted by こんにちわ~ 
  • URL 
  • 2010.02/27 11:12分 
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  • [Res]

おへんじ 

こんにちわ~さん

見つけました!
ヒーリングの参加表明が怒涛のころだと見つけられない(管理画面のログが流れてしまう)ので、すばらしい偶然でwww

なつかしい記事にコメントありがとうございます~
自分でも読み直して、へええ、とか思ってしまいました 爆

タロットが時々の心を映すように、もしも今書き直したら、またすこし違った物語になるのかもしれません。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2010.02/27 14:32分 
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  • [Res]

Re:カードの旅 3《女帝》(02/27) 

うはーー
見つかってしまいました
名前のとこに こんにちは~っていれちゃった^^;
古いコメントは捜すの大変なのですね^^;
これからも、あちこちに、コメントいれますが、もし気がついたら、読んで見てください^^;
見つけてくれてありがとうございます
  • posted by キエ 
  • URL 
  • 2010.02/28 09:00分 
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  • [Res]

 

今更ながらやっと最初から読み始めていまして…

何故でしょう…?
これを読んでドキリとしました…ええ、そのまんまだからでしょうか。
私とパートナーの、そのまんまなんです…。

彼が結婚を考えているのもわかっています。けど、今のままでは出来ない、何故なら『母と子だから』なんです…。

なんで今のタイミングでこれを読むことになったんだろ…


  • posted by ケロ 
  • URL 
  • 2012.05/28 22:33分 
  • [編集]
  • [Res]

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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

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ルシフェルの翼Calling You 開発者。
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