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カードの旅 1《魔術師》 「スピリチュアル・ライフ(135094)」

手が勝手に動いて、注意深く炉に薪をくべている。

 首の長いフラスコの内容物は黒っぽく煤けていた。それが沸騰するかしないかの温度を保ちつつ、私の手は額の汗をぬぐった。
 そう、この手は確かに私のもののはずだ。私がこうして見ている目、その目がある顔から首につながり、肩を通ってついている腕であるのだから。
 しかし、あまり日に当たらないのだろう、生白いくせに筋肉質で力強い、こんな腕に私は見覚えがなかった。

 私の手は相変わらず、炉の維持に余念がなかった。おそろしく強い意志に支配されているらしく、その動きだけは変えることができない。薪をくべ、火が安定したひとときだけは、少し私の意思で動くことができた。
 見回すと暗い室内に電灯はなく、小さな窓と炉で燃える炎だけがあたりを照らしている。窓の外は夜明けであるらしく、薄明に麦かなにかの穂が見てとれた。
 中は電気もなければ水道もなく、狭い石造りの納屋のような造りで、片隅に水がめが置いてある。そこらじゅうに、訳のわからない器具やら本やらが散らばっており、ものが腐ったときの悪臭がかすかに鼻をついた。

 気味が悪くなった。
 いや、これは夢なんだ、と頭の片隅で声がする。そうだ、夢なんだ。
 昨日の記憶がおぼろげに思い出される。さんざん酔っ払って、たぶんどこかで寝込んでしまったのだ。脳みそにアルコールが残っているから、こんな変な夢を見る。 私は目を覚ますべく、何度も顔を振ったり、頬をつねったりした。

「ふむ、さすがに肩が凝ったな」
 私が――私の身体が、勝手に声を出した。知らない男性の声だ。右手をいとも簡単に私の支配から奪うと、肩を叩き、首を鳴らした。

「しかし、ようやく……ようやく、『マチエール(素材)の湿』が終わる。ディオメデスのいわく、『黄金の鳥が巨蟹宮に達し、天秤宮に向かって飛翔するとき、汝はやや火を強めねばならぬ。そしてこの美しい鳥が磨羯宮にゆくとき、それは待ち望んだ秋である……』」

 感極まったつぶやきであったが、文章の意味はさっぱりわからない。いや、そもそもが知らない言語だった。聞いたこともない単語の羅列なのに、その表面的な意味だけは、母国語のごとく頭にひらめいてゆく。

 いくら夢でも、こんなことがあるのだろうか?
 まるで、誰か他人の内部に入り込んでしまっているようだ。それも、今の状況を見る限り、歴史で習った中世ルネサンス、という言葉がぴったりである。
 最近ルネサンスに関するテレビや雑誌でも目にしただろうかと、私は考えた。無意識に残った記憶が、夢を形づくっていると聞いた事があるからだ。

 しかし思い当たることはなく、叩いてもつねっても、依然として夢から覚めることもなかった。
 私が入り込んでいる男はひげを撫でつけ、また火の管理に戻った。とてつもない集中力だが、永久に続くわけがない。きっと、そのうち疲れて眠り込むにちがいない。

 そしてその時こそ、この奇妙な夢から逃れられるのだ。
 私はそう思うことにした。

 しかし数日が過ぎても、私は相変わらず、痩せ気味で目の光の鋭い男の内に閉じ込められ、自分の肉体に戻るすべを見つけられていなかった。
 これは夢ではないのかもしれない。自分は一度死んで、守護霊だか自縛霊だか知らないが、とにかくそんなふうにこの男に憑いているのかもしれない。暗い淵を覗き込むような恐怖が背筋を伝った。

 泣きたかったが、男の光る目はそれを許さない。ほんのわずかな休憩の間だけ、彼は火の番を妻に任せたが、後はいつも食い入るように炉を見つめていた。
 ほとんど肉がないように見える細長い身体のどこに、これほどの力があるのかと疑うくらいの胆力だった。

 いつのまにか、私は男と一緒に火を見つめるようになっていた。初めは気づかず、ただ男の意思のままに目が赤い舌を眺めているのだと思っていた。だが、ここまでの思いをしていったい何ができるというのか、段々知りたくなってきた自分もどこかにいた。

 彼が俗にいう中世の「錬金術師」(現代の汚れた意味ではなく、きわめて純粋な)であると気づいたのも、この頃だった。
 日が過ぎる。熱せられる段階を過ぎた物体は炉からそっと外され、適温まで冷まされ、注意深く別の液体をそそがれた。

 フラスコにそそがれたのは水銀であろうか。それはゆっくり少しずつ染み込んでゆき、やがて表面に固まって、どす黒かった液体をオレンジ色がかった白色に染め上げた。
 それは瞬く間にオレンジ色、緑、黄色、赤、黄色、青、オレンジと色を変え、最後に磨きぬかれた抜き身の剣のような、底光りする白となった。

「よし……」
 興奮した声を出し、男は舌で乾いた唇をしめした。
「白き霊薬……第五元素だ。そして」

 呼吸を整え、固まったり液体になったりする白い物体を、あらためて一層強い火にかける。
 男は、ほとんど首を炉につっこまんばかりにして火加減の管理をした。額の汗を拭くのも忘れ、火を強く、そして強すぎないように注意する。
 もし赤い舌がやんちゃにすぎると、せっかく生まれかけたこの霊薬が、フラスコごと割れ砕けて灰に飛び散ってしまうのだ、と私にもわかった。

 はじめは黒く、そして白くなった霊薬は、火にかけるにつれてしだいに燃えるような赤に変わってきた。さきほど、白くなる前に一瞬見せたような安っぽい色ではない。
 ピジョン・ブラッド(鳩の血)とかいう、最高級のルビーの色合いだ。深みのある緋色になると、物体はそれで落ち着いたようだった。

「やった……」
 冷めるのも待ちきれず、男が物体に手を伸ばす。フラスコから出すと、それは机の上にぷるんと丸っぽく固まった。指先でつつくと柔らかく、かつほんのりと暖かい。

「やったぞ、賢者の石だ!」
 男は雄叫びをあげた。

 息のすべてを叫びきった頃、あわててやってきた妻が、赤い石を持つ夫を見つけた。何が起こったのか、彼女はすぐに解したのであろう。口を動かすも声にはならず、涙をあふれさせながら抱きついてきた。
 男もまた無言のままに、片手に石を捧げ持ったまま、あいた手で妻の肩を抱いた。鋼鉄のようだったその心に、嬉しさのみならず感謝があふれてきていることに、私は気づいた。

つねに影から実験を応援してくれた妻。その妻を、すべてのものたちを産んだこの世界。
世界とはなんと美しいのだろう。

 この男をはじめて知った時のように、外は輝くような夜明けだった。朝一番の光が窓のすきまから男の顔をなでると、驚いたことに、彼は泣いていた。

 それを男の中からではなく、立派な髭の見える外から眺めていることに、突如として私は気づいた。右手をあげて顔を触ってみる。痩せて、髭も服も煤だらけにした男の右手は、あいかわらず妻の肩にかかっていた。

 男から抜けられた!
 しかしそう思った瞬間、私の意識はまた暗転していた。



◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆





お待たせしました~! 《魔術師》です!!
え、誰も待ってない? そんなことおっしゃらず、一度お読みになってやってくださいませ(^^;

上でもそのとおり出ていますが、《魔術師》は錬金術師と言われています。
そして栄えあるカード番号の1。
1は始まりです。それも、自分の意志での「はじまり」。

環境が整うのを待つよりも、まず自分からこうと決めて飛び出していってしまうような強さが《魔術師》にはあります。

それは自分の力に自信があるからですが、そこに至るまでには才能だけでなく、技術の熟練のために相当な努力をも支払ってきたはず。

それでも彼は、いつも先を見ています。
積み重ねた過去は過去、彼の目は、いつもこれからできる賢者の石に注がれているのです。

そしてこのカードは、賢者の石を代表とする物の変容だけでなく、精神の変容も表します。
暗い冬を越え、春の光のなかで目を開け、背をのばし、目標を見つけて歩き出す姿。
悩みの闇を抜けたときの姿なのです。
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おわー! 

こんばんは~
うちのブログにお越しいただきありがとうございました。
そしてお話が!なんとかっこいい……。
ブクマさせていただいて、まったり読ませていただきます~~(*・ω・*)
  • posted by *カヤ* 
  • URL 
  • 2007.02/26 21:08分 
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Re:おわー!(02/26) 

*カヤ*さん

ありがとうございますvv お恥ずかしい(^^;
実はこれは過去サイトからの転載でして、カード3枚分しかなかったりします。。
書き足せるといいのですが。
これからもよろしくお願いいたします。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2007.02/27 06:28分 
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Re:カードの旅 1《魔術師》(02/26) 

月曜日は習い事の為、自宅に帰るのが遅いのです。遅くなりましたが、今、拝読させて頂きました。

・・・・さつきのひかりさんの前世??

今、職場の休憩時間です。次を読ませて頂きます。

文才・・スゴイ!

  • posted by byak-ko(^・^) 
  • URL 
  • 2007.02/27 15:25分 
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Re[1]:カードの旅 1《魔術師》(02/26) 

byak-ko(^・^)さん
お仕事&彫刻お疲れ様です♪
前世じゃないです~。あくまでも、イメージで(笑)
文才はないのですよ・・・悲しくなるくらい(泣)
でも楽しんでいただけてよかったです。
ありがとうございました。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2007.02/27 19:01分 
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さつきのひかり

Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

エンジェルリンクファシリテーター、
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ルシフェルの翼Calling You 開発者。
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