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カードの旅 プロローグ 「スピリチュアル・ライフ(135094)」

 もう、死んでやろうと思っていた。

 仕事も会社の人間も近所づきあいも、なにもかもが最悪だ。やることなすこと裏目に出る。
 仕事では失敗して相手を怒らせたあげく、大損を出してしまい上司にさんざん嫌味を言われた。損を出したのは悪かったと思う。でも、元はといえば相手方が無理な要求をしていたのだ。上司が大事な相手だというから、無理をして通そうとしてやったのに。賭けに出たくて出たわけじゃない。

 会社の人間たちはそれを知っているくせに、私を一方的に悪だと決めつける。上司の味方についていたほうが、自分の身が安全だからだ。陰でこそこそ、何か話しているのも知っている。

 会社が駄目なら私生活、一時はそう思って気を取り直したが、結果はさんざんだった。

 きっかけなんて、もうよく覚えていない。
 確か、燃えるゴミをいつものように集積所に捨てに行ったら、見張っていた中年女性にガミガミとまくしたてられたのだ。某電話会社が玄関に投げ込んでいった不要なチラシはプラスチックの透明パックに入っているから、取り出して別々に捨てろとか、牛乳パックは洗って切り開いて乾かせだとか、そんなことだったと思う。

 こちとら必死に働いて暮らしているんだ。旦那の稼ぎで安穏と三食昼寝つきの毎日を送っているあんたとは違うんだよ、と何度口をついて出そうになったかわからない。だいたい、環境にやさしくあるべきこのご時世に、そんな無駄な材料費や人件費をかける電話会社が悪いだろう。

 それでも私は自制した。偉かったと思う。
 すみません、以後気をつけますから、今日はちょっとこれから出勤なので。愛想笑いにそんな台詞をトッピングして、謙遜という皿に盛りつけて出してやった。
 我ながら、立派なものじゃないか?

 なのに、近所の専制君主どもの気には入らなかったようだ。彼女たちは強いつながりを作り上げていて、規律を勝手に決めている。違反したり反抗的な態度をとったりすると、ひどく陰険でうるさいのだ。
 きっと、閉じた空間の女王でいたいんだろう。それが世間に置いていかれる恐怖の裏返しとも知らずに。

 私はイライラして、やるせないその憤懣を恋人に聞いてもらおうと思った。当然のなりゆきだろう。辛いときに暖かく包んでくれるのが、愛情ってものだからだ。

 しかし、恋人は逃げた。

 もうたくさん。そう言い残して、本当にそのひと切れの言葉だけ残していった。私は癒されたかっただけだ。暖めてほしかっただけだ。それなのに。

 なんてひどい人間を恋人と思っていたのだろう。自分の人を見る目のなさに嫌気がさした。
 もういい、もう死んでしまおう。

 恋人が残したのと似た言葉を、私は呟いた。すると不思議な陶酔感が胸にあふれた。死んでしまおう。

 なんて気持ちのいい、魔法のような言葉だろうか。それだけで、すっきりとすべてを終わらせることができる。
 こんな最悪な、不運ばかりの、ついてない人生なんかやめにして、もっとましな世界に生まれ変わるのだ。


 私はしたたかに酔って、夜の街を歩いていた。
 どうせもう死ぬのだから健康のことなど気にする必要はないし、明日の朝会社に遅刻する心配もしなくていい。財布の中身が空になっても問題なかった。家に帰らなかったからといって、どうということもないのだ。

 何件目かのはしご酒を断られ、ふてくされて悪態をつきながら、どことも知れぬ路地を曲がる。
 暗がりにひっそりと誰かが座っていて、私は悲鳴としゃっくりを同時に出した。
 それはしわくちゃの老婆だった。なにかの物語で読んだ、ジプシーの老女。彼らは土地をながれ、国を流れて人々の幸福をかすめとってゆく。未来を読み疫病をまき、歌やダンスを見せて金をかせぐ。彼らに近づいちゃいけないよ。

 面白くなって、私はそのジプシー女に近づいていった。小さなテーブルに黒い布をたらし、古風なランプを置いている。頭にかぶった黒い布からは、灰色の髪がのぞいていた。顔はといえば、皺だらけでどこが目なのかさえよくわからない。

「占いをご希望かい?」
 顔のようにしわがれた声で老婆が言った。占い? そうとも、面白い。ビールと焼酎とウイスキーをたっぷり詰め込んだ頭で私は考え、老婆の前の椅子に座った。ふらふらしながら手を差し出す。

「手相なんか見ないよ。邪魔だからどけとくれ」
 彼女は私の手を払いのけ、ぼろぼろのカードの束を取り出した。角はとれて丸くなり、手垢で茶色くなった、老婆自身と同じくらいにくたびれたしろものだ。

「あんた、死んでやろうと思ってるね?」
 カードを混ぜながら、ひ、ひ、ひ、と空気がもれるような音を出して老婆が笑ったので、私は驚いた。カードの絵を見てもいないのに、そんなことがわかるのか。
 私の表情を見て、面白そうに彼女は言った。

「占いなんぞしなくとも、そんな目をしてりゃ誰だってわかるさね。死んだ魚の目だ――あんた、見ているようで何も見ちゃいないね」
 皺だらけの標本と見まがうばかりの手が、信じられないくらいなめらかに動いてカードをまとめ、山にし、みっつに割ってまた山にする。
 ぼろぼろのカードが目前のテーブルに並べられてゆくさまを、呆けたように私は眺めていた。老婆の言葉は聞こえていたが、山ほどつめこんだアルコールのおかげか、それほど腹はたたなかった。単に目も前の興味が勝っていただけかもしれない。

 老婆の手がカードをめくってゆき、所々かすれた絵柄が何枚かあらわになった。
「ふうん、仕事で失敗、人間関係で失敗、恋人にも逃げられた。不幸の見本市みたいな顔はそのせいかい」
 あはは、と老女は笑ったが、私は逆に酔いが醒める気がした。
「あ……当たってる」
「そうさ、カードは鏡だからね。原因や方策だけじゃない、あんたが見ようとしない、本当のあんただってわかるんだよ。どうだい、真実を知る勇気はあるかね」

 最後のカードに老婆の指がかかる。古風なランプの明かりの中で、小さな目がきらりと光った気がした。
「やめてくれ」
 とっさに私はそう答えていた。見てはいけないと思った。見てはいけない。見たらきっと、壊れてしまう。

 椅子を蹴飛ばしながら、私は苦労して立ち上がった。しかし、老婆は少しも動じずに、ガラスっぽい赤い大きな指輪をした指で私と椅子を指し示す。
「そう気弱なことをお言いでないよ。さっさとお座り。あんたは一度ここに座った。この年寄りの話を聞く義務があるってことさ。さ、お座り」
 逆らえなかった。しぶしぶ座ると、老婆は顔中の皺を動かしておそらく笑顔をつくり、一枚のカードを私の前にすべらせた。

「さあ、これがあんたの運命だよ」
 それは、黄色い空をバックに、一人の若者が崖のところで足を踏み出そうとしている図だった。片手に花を持ち、足元には白い犬がいる。
 なんだ、別に怖くないじゃないか――安心して息をつくと、急に酔いが戻ってきたようだ。頭がふわふわとして、視界にある老婆の姿が少しずつ遠くなっていった。

「あんたは旅をして、めぐり、終わり、兆しを持たなけりゃならない。どうせ死ぬ気なんだ、怖くはないだろ?」
 世界がぐるぐると回る。視界が回るなんて漫画の中だけだと思っていたが、本当にあるんだな、と奇妙な考えが頭をよぎった。
 黄色っぽいカード。赤い大きな指輪。まわりから包みこむように迫ってくる、闇、闇、闇。

 私はここで死ぬのかもしれない。誰もこないような狭い暗い路地で、正体もなく酔っ払って、老い朽ちかけたジプシーひとりに看取られて。
 最後まで不幸だ。いいじゃないか、私は不幸なんだ。

 えたいのしれない安堵感に包まれて、私はまぶたを閉じた。いっそうの闇がおとずれる。
 老婆はまだ何か言っているようだったが、声は段々小さくなって、最後まで聞くことはできなかった。


◆・・・・・◆・・・・・◆・・・・・◆



   さあ 行くがいいさ
   あんた自身に必要な旅へ……



*****************************

「私」がカードの運命をめぐってゆく創作物語です。
タロットモチーフの物語で三人称のものは、他の素敵サイト様にすでに素晴らしいものがたくさんありますので、あえてチャレンジャーしてみました。

順次UPしてゆく予定でしたが、サイトに出せるまで書けたのは、プロローグ、《魔術師》、《女帝》、《皇帝》だけ。。

こちらでゆっくり書き足してゆければいいなと思っています。
毎日は書けないので、きっと思い出した頃にひとつ・・・という感じになると思いますが
よろしかったら、お読みくださいね(^^)

ご感想等、おありでしたらぜひお寄せくださいませ。

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Re:カードの旅 プロローグ(02/25) 

おもしろい!!つい引き込まれてすっぅ~っ世界に入る事ができました。

物語だったんですね~。さつきのひかりさんが、占い師になったきっかけかと思いました。

・・・きっかけか~。私も自分を振り返ってみようかなぁ。



  • posted by byak-ko(^・^) 
  • URL 
  • 2007.02/25 09:51分 
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  • [Res]

Re[1]:カードの旅 プロローグ(02/25) 

byak-ko(^・^)さん

ありがとうございますv
私が占い師になったきっかけ・・・そういえば何だったんでしょう(爆)
いつもは棚にしまわれているタロットですが、なぜかふっと出てくるときがあるんですよね。「出す」というより「出てくる」という感じで。
そういう波があるのでしょうね。

白虎さんのHP、ようやく拝見させていただきましたv
白を基調としていて、とっても素敵ですね。
そのうち、私も占っていただこうかな~(^^)
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2007.02/25 10:06分 
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  • [Res]

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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

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ルシフェルの翼Calling You 開発者。
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