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【陽の雫116】 尋問

なぜだ。どうしてこうなった。
ハンス・テレマン准尉は粗末なパイプ椅子の上で膝を握りしめ、震える自分の手を信じられない思いで見つめていた。

冬の物資横流し事件後に公安から接触され、隊長じきじきの目通しがあった。そこで素質を見出され、フェロウ隊のクーデター証拠をつかんで提出すれば栄転確実だったのだ。
大切な軍需物資の横流し事件からもわかる通り、フェロウ隊は平素から軍より民間を重視しがちだ。まして隊長はどっちつかずの軍と神殿の面汚し。彼らが現状の軍制転覆を考えていることなど火を見るより明らかで、後は証拠さえあればよかったのに。

まさか、自分が見つけたと思った証拠が偽物で、わざと掴まされていたなんて。
名簿が宴会名簿であることが証明された時、ぎろりと睨んできた公安隊長の恐ろしい形相が瞼の裏から消えない。殺される、と思った。
あれは本気の目だ。しかし公安隊長がどの程度の罪になるのかハンスにはわからない。命の危機を感じて、青年の手は白く冷えていた。

「……俺はさ。お前が気を変えてくれるといいなと思ってたよ。ハンス」

警察署の小部屋で、ウルフヘアの上司ががしがしと頭を掻く。小さいテーブルを挟んで前にセラフィトが座り、部屋の隅のデスクには書記役としてニールスが調書をとっていた。一度に連行される人数が多かったこともあり、ハンスの話を聞きだす役を任されたのだ。

「お前が、皆といまいち溶け込めてないのは、知ってたけどさ」

待ってたんだよ。それでも。
続けられた言葉に、ハンスの中の何かがぷつんと音を立てて切れた。

「待ってた? 何をですか。生温い殺さず文化に首まで浸かることを? あなたはいつもそうだ。のし上がるには手柄を立てなくてはならないというのに、呑気なことばかり言って。おおかたあの大神官に洗脳されたんでしょう。殺さずを説くのなら神殿の中でおとなしくしていればいいのに、志願で軍人になるなんて何様ですか。そのくせ皆仲良く?ピクニック?ふざけるな。血塗れの手で良く言えますね。大神官サマは今までに何人殺したんですか?そんな手で何を祈るって言うんです。そんな自分勝手で自己中心的な人間が宗教のトップにいるから、この星は穢れるんだ!」

一気にまくし立てて嘲笑の形に曲げられた唇は、しかし歪んでその場所から消えた。
椅子が倒れる大きな音。気がついた時セラフィトは、飛び込んできたアルディアスに大柄な身体を背後から抑えられていた。

「セリー、落ち着くんだ。君らしくもない」
「……!」

ぎりぎりぎり、目を見開き歯を食いしばる。感情があふれて単語にならず、混乱したままの心の声が背後の旧友に漏れてゆく。
お前を。こいつは、オルダスを馬鹿にしたんだ。日々どれほど悩んで葛藤して、それでも立って鎮魂を続けているか、微笑んでいるか、知ろうともしないで。自分自身も毎日安寧を祈られているのだと、知りもしないで。
はぁはぁと荒れた呼吸で厚い肩が上下する。許せるわけがなかった。

「……ありがとう、セリー。でもね、私は彼の言葉を否定できない。……私が、人を殺しながら祈り続けているのは、事実だ」
「…………」
「怒ってくれてありがとう。しかしこれ以上は駄目だ」

抑制のきいた声。毅然とした親友に、腕の力は抜け切れていなかったが、いくらか深い呼吸をし理性を総動員してどうにか踵を返す。ドアの手前で壁を殴り、反対側の壁際までふっとんだハンスをちらりと見ると、アルディアスが床に膝をついて傷をあらため、気絶する青年を介抱していた。

歯を食い締めて部屋を出た後、もう一度壁を殴るとオーディンが駆け寄ってきた。
心配して差し出された手をむしゃくしゃした苛立ちのままに振り払えば、ちょうど顎にヒットして相手の頭が揺れる。一瞬浮かんだ罪悪感は、腹の底から燃える怒りにすぐ掻き消されてしまった。

「おいっ!」

顎をさすりながら普段温厚なオーディンが声を荒げる。足踏み鳴らし壁を殴りながら歩くセラフィトの襟首を後ろから追いかけてひっ捕まえ、空いていた隣の部屋のパイプ椅子に叩きつけるように座らせて怒鳴った。

「てめえいい加減にしろ! この状況を一番かきまわしてんのお前だろうが! 今何やってんのかを考えやがれ!」

上官に対してあるまじき態度ではあるが、実際取調べが中断してしまったのは紛うことなき事実である。
クーデター分子として隊長を売ろうとした相手の取調べなのだ。聞くに堪えない悪口が出てくるのはむしろ当然であり、それなりに心構えもしていたはずだった。
なのにセラフィトは悪口を言われた本人であるアルディアスに暴挙の後始末をさせ、こうして部下に諌められている。

噛みしめていた奥歯をゆるめると、長い長い溜息をついてウルフヘアの男はうなだれた。そこで先程の旧友の抑制された表情と声が、いままで何度も同じ目に遭ってきたのだと告げていたことに気づく。平静を保てるのは嫌でも慣れているからなのだ。
そうだ、セラフィトの友は、戦場で銀色の魔物と呼ばれても眉一つ動かさずに肯定してみせる。化物と自らを認めてなお、味方はもちろん敵すらひとりでも戦死を減らすように計算し、甘ちゃんと言われながら戦う男だった。

いつか聞いたことがある。なぜ敵の命まで助けようとするのかと。あざやかな黄色いミモザの花が満開の春の日のことだ。

「だってセリー、君のお父上や兄上が戦死したら嫌だろう? 私は嫌だ」

躊躇なく、むしろ不思議そうに首をかしげて返ってきた答え。命の重さは生きる場所によって変わらないという神殿の説教は覚えてはいたが、血肉をもって腑に落ちたのはあれが初めてだった。
武器を構えて殺し合う相手は、無個性な「敵」というキャラクターではなく、戦場を離れれば誰かの家族であったり愛する人であったりする。剣を振るうために軍隊ではあえて忘れさせようとする事実を、自分は嫌だのひと言で、どれほど胸が痛もうとも抱え続けている。
ハンスのような悪口を浴びせられることはきっと、多いのだろう。

しかしそれでも彼は変わらず万人のために祈りをささげ、戦い、色々なことを淡々とこなしてゆく。沢山のものを背負い込んで、なお変わらない銀髪の友人。
好き好んで矛盾の中にいる、神官から軍への入隊は彼の意志であったから、確かにそうなのかもしれない。

しかしその大きな矛盾は、そもそも戦争を続けるこの社会そのものが抱えているものではないのか、彼はたまたまそれを象徴しているだけではないのか、戦争がなかったならば、彼が人であるために取る手段はもっと穏やかなものだったのではないか……、そんな思いもセラフィトにはある。

だからこそ、心底辛かった。悔しかった。
相手を殴って友に後始末をさせている自分の馬鹿さ加減にも腹が立つし、ぐるぐると混乱したまま、すこし腫れ始めた拳を見つめる。

「…………ごめん」

オーディンの顎を殴ってしまったのは完全にとばっちりであったから、パイプ椅子に俯いたまま、沈黙の合間に小さく押し出す。しかしその罪悪感は、ハンスへの怒りを抑える力にはならなかった。
もぐもぐ呟いてすぐにまた黙っている上司を見て、オーディンも大きく溜息をついた。あれだけ怒って暴れた後ではきまりも悪かろう。正直いってハンスの言葉に苛つく隊員は多いのだが、そこでリンチなどして隊長に迷惑をかけるわけにはいかないから黙っているにすぎない。

「ったくもう……」

上司殿のことになると、むきになる奴が多すぎる。
自分はすこし離れて見ていると信じて疑わず、オーディンは脱力しながら部屋のドアを後ろ手に閉めて廊下に出た。











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Comment

暑いですね。 

セラフィトさん熱いですね。
それを諌められるオーディンさんも素敵です。
信じて疑わず、のところもよかったです。
  • posted by あおいそら 
  • URL 
  • 2017.07/15 19:43分 
  • [編集]
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NoTitle 

更新、お疲れさまです。そして、ありがとうございます!
大好きなフェロウ隊の方々にお会いできるのは嬉しいですが、
なかなかどうして胸が苦しくなりますね…( ; ; )
  • posted by ナヲ 
  • URL 
  • 2017.07/16 10:40分 
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NoTitle 

更新ありがとうございます。
フェロウ隊の皆様、アルディアス様大好きですね。
そして、みんながみんなの事大好き。
  • posted by ぽちょる。 
  • URL 
  • 2017.07/18 02:25分 
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Re: NoTitle 

>あおいそらさん
フェロウ隊の皆様は、お互いのことをとても大事に想っていましたね。
得がたい仲間たちだったと思います^^



>ナヲさん
まあ遠くから見てたらそう思うかもねっていう典型ですよね ←
アルディアスはなんというか、山の稜線のようなところを歩いていたのかなと思うのです…。



>ぽちょる。さん
そうなんです、皆が皆のこと大好きw
珍しい部隊だったのかもしれません 笑
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2017.07/19 17:20分 
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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
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ルシフェルの翼Calling You 開発者。
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