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【ヴァグナリウム不可視の夕暮れ】 小さき花の降るごとく

ふわり、ふわり。

雲の上、ただただ真っ白に漂白された世界の中、ときおり、なにかが落ちてゆく。

ふわり、ふわり。

視界の端をかすめる小さなそれに、彼女は最初気づかなかった。
見えても意識をむけなかった。
彼女の責務は世界を広く広く平等に照らしだすことであったから、明るく照らしだすことであったから。

だから、白く明るい世界の異質に本当の意味で気がついたとき、小さなそれはいつのまにか降り積もり、ひとり立つ彼女の足元をちらちらと埋めていた。
それでも責務は責務であったから、女神は目線を遠くはるかな果てに投げて、自らの足元にそれ以上の注意を払おうとはしなかった。
彼女は閃く光、陽光の女神なのだ。かよわき生き物たちが、太陽の光なしではどうしてこの地に生きてゆけようか。
眼下に息づく生命たちを想って、永の時を女神は照らし続ける。


ふわり、ふわり。

落ちてくる小さなものに、規則性があることにいつしか彼女は気がついた。

赤、赤、黄、白、紫。

この順番が崩れることはなかった。
広大な白い世界の中に、その小さなものは、かならずその順番でどこかからか降ってくる。

赤、赤、黄、白、紫。
赤、赤、黄、白、紫。

大きくて濃い赤、小さくて明るい赤、同じくらいの黄、背後に溶ける色合いながら甘くかすかに鼻腔をくすぐってゆく白、紫…
明るく、ただただ明るく真白に漂白された世界を見慣れた瞳に、その色はやけに鮮明な残像をのこした。

赤、赤、黄、白、紫。

彼女はまっすぐに顔をあげたまま、ときおり目線をかすめて落ちてゆくそれを待ちはじめている自分には、まだ気がついていない。
遠くみはるかす彼女の純白の裳裾には、持ち主の知らぬ間に、小さな花々がそっと寄り添うように積もっていった。





「なあじーさん、彩花魔術ってのはそんなに強いのか?」

繰り返される畑の領土戦争で負けた≪ヴァグナリウムの不可視の夕暮れ≫という仰々しい二つ名を持つ青年が、ふてくされた声音で尋ねる。問いかける様子はどこか子どものようで、籠々狐(ロゥロゥコ)は長く長く生きているとは思えぬ張りのある頬をゆるめた。

「強いとも。術にじゃぶじゃぶ使える蓮や牡丹の花さえあれば、ヴァグナリウムなど儂が一夜で落とせる」

じゃからこの畝は花の領地な、とたすき掛けした袂を整え、いそいそと花の株を植え替える。彩花魔術の本場である東華の温暖な風土と違って、この土地は谷が多く風や日当たりに差があるためか、花の育ちがよくない。ましてヴァグナリウムではろくな花もないどころか雑草しか生えないのだから(民が何を食べて生きているのか不思議だ)、食物のための畑も大事だが、花も大事だ。譲れない。

「あー…そこ、人参植えようと思ったのに…」
「心配するでない、共生植物というものを知っておるか? この花は隣にある野菜を強くし、病を防ぎ、虫を減らす。少々混んでいても大丈夫じゃ、ほれ」

隣にあけた穴を示すと、へーえと感心する青年の手がすかさず野菜を植えた。口の悪さに反して優しい手つきで不可視は籠々狐の花の苗に触れ、どんな花が咲くのかと尋ねる。

「赤や黄色の花が咲くよ。たくさん群れて咲くからの、可愛らしくて綺麗じゃぞう」

狐耳を揺らして妖怪は笑った。しかもこの花は食べられるのだと教えてやれば、青年はさらに感心したようだった。花を育てる面積は譲れないが、籠々狐だってものを食べるのだから、ちゃんと考えがあるのだ。
畑の隅には、丹精して少しずつ増やしている牡丹や芍薬の株もある。蓮は泥水がたっぷり必要だから、育て始めてはいるがこの場所にはない。

「彩花魔術ってのは時間がかかるなぁ…」
「この地には花が少ないからの。東華ならばその場に使える花がいくらでも咲いておるから、そなたの速攻魔術にも負けはせんぞ」
「ヴァグナリウムにはもっと無いじゃねーか。育ててる間、株を増やしてる間に咲いた花は、どうにもなんねえの?」
「魔術には主に花の精気を使うからのう…。しかし乾燥させても思う色になるよう、ずっと改良はしておるよ」

東華では花の色と花弁の数を文字として使う。彩花魔術の呪文ももちろんそれに倣うから、色はとても大事だ。
陽当たりのよい岩の上には、摘んだ花が笊(ざる)に広げてたくさん乾されている。これはこれで、薬草茶にしたり虫よけに吊るしたり浴槽に入れたりと重宝するのだ。
不可視の青年と別れた籠々狐は、長い指で乾いた花をとりあげ、紫の花からきれいに赤味だけが抜けて青くなっているのを確認して双眸をほそめた。

豊潤を貴ぶ東華では乾した花などほとんど使うことはないが、かのひとの閃光のもとでは、どんな花も色を喪ってしまう。
陽光によって色が移り変わり、もとの意味から離れてしまう。花の種類それぞれで変わり具合は違うから、細かく確認しておかなければならない。

多弁の濃い紅は藤色に。
六弁の赤は橙色に。
六弁の黄色、三弁の白はそのままの色が残り、五弁の紫は青に。

そう変わると知っている花を、鮮やかなうちに長い指が摘み、愛おしく両手に捧げ持つ。

届けばいい、と願う。
あまりにも白く、あまりにも孤独な彼女の世界に、この鮮やかな色がたくさん届けばいい。
彼が知る中でもっとも優しい瞳の純粋な存在に、この花々を届けたい。

かつてヴァグナリウムで孤独の瞑神ローロンガと呼ばれていた彼は、閃光の女神ヴァグナを想い、そのかんばせを見るべく目を開けたために、孤独でも瞑神でもなくなり神の資格を喪って東華に流れ、狐耳の妖怪となった。

目を閉じた闇にあるのは、自分の姿すら見えぬ孤独。
それも悪くはないと、永い間思っていたけれど……想い人を得た今となっては、もう目を閉じていることなど、独りでいることなどできない。

ただただ遠くだけを見つめて光に照らされた真白の世界は、やはり自分の姿すら見えぬ、眠ることすらもできぬ孤独だ。
ローロンガから籠々狐となった彼はよく知っている。
彼女は孤独で、そして自分がそうであることを知らない。知らぬままに、己が下に生きる命を想って役割をひたすら頑張っている。
そう、頑張っている。

女神ヴァグナを信仰する人々に一族を滅ぼされた不可視にとっては、敵の信仰対象は醜悪で冷酷な邪神かもしれないが、籠々狐にとっては違う。 そもそもミウアイ族を滅ぼしたのは人間どもであって、女神が殺戮を命じた訳ではなかろう。

彼女はとても優しくて純粋だ。
一度断られ失恋したショックで数百年も東華の洞窟にこもっていた彼だが、年月が過ぎても抱く想いは変わらなかった。


赤の多弁は「あ」
赤の六弁は「い」
黄の六弁は「し」
白の三弁は「て」
紫の五弁は「る」


しずかに、しずかに。
取るに足らない小さな花々が、いつか彼女の裳裾に降り積もればいい。そして世界に色をつけてゆくといい。


藤色の多弁は「ま」
橙色の六弁は「ち」
黄の六弁は「し」
白の三弁は「て」
青の五弁は「を」


待ちし手を。
つねに差しのべて。

女神のもとに届いた花がやがてその閃光のもと色を変えても、意味が通るように。花を捧げ持って彼は祈る。

太陽の女神がその手に気がついたなら、自分は何としても彼女を腕に抱いて東華にもどろう。
真白の閃光の中には、すべての色が含まれているはずなのだ。彼女の中には、ほんとうはたくさんの彩りが眩しさの影に隠れているのだ。

笑って、泣いて、時々怒って、たっぷり眠って。
光の女神はきっと、東華の地では虹の妖精になれる。
閃光の神を喪ったヴァグナリウムには雲と夜が訪れるだろうが、雨雲は水を運び、あの乾いた地にもいずれ緑が萌えてたくさんの花が咲くだろう。
雨上がりには美しい虹がかかるだろう。
彼女が想うちいさな命たちは、ちゃんと生きてゆける。

貴女が自分自身を縛りつけている孤独から、離れてもいいのだと伝えたい。
その場にいなくても世界は回るのだと……自らの責務に誇りを持つ彼女に伝えることは、存在意義を揺らがすことだと知ってもいる。
けれど彼女は、もう十分に永い間、責務を果たし続け、世界を照らし続けてきたのだ。
瞑神が消えたのちの孤独をも、ひとりその細い肩に担って。
そろそろ彼女自身の幸せを追っても……漂白の白以外の色を知っても、良いではないか。
孤高の閃光の女神から、気楽で美しい虹の妖精になっても良いではないか。
東華の虹は九色だ。あざやかな彩りは、きっと彼女にとても似合う。

いつのまにか空になっている掌に、籠々狐は微笑む。
見上げる空は青く晴れあがり、花の香りをはこぶ風が心地よかった。

届いているといい。
いつか大きな花束を抱えて貴女のもとにゆくまでに、もう一度直接伝えるまでに、たくさん降り積もってゆくといい。

待っている。
時が満ちるまで、ずっと待っている。



赤、赤、黄、白、紫。


世界はこんなにも、鮮やかだ。














-----

【黒川伯爵ハロウィンナイト】など、ツイッターで有名な藤村一味の黒川さんの作品…というか設定集…というかで、【ヴァグナリウム不可視の夕暮れ】というものがあるのですが。
昨日、なんと幸運にも渋谷で開催されたイベントに参加できまして…!
普段は子持ち遠方のため、イベントはほぼ最初から諦めているのですが、ちょうど講習会と同日な上に近辺での開催だなんて、奇跡としか言いようがありません。
おかげさまで烏の黒川さんのお写真を撮らせていただいたり、初めてお目にかかったシシンさん星彦さんにもご挨拶させていただいて(緊張のあまり変な事言ってたらどうしようorz)、それはそれは楽しかったのです。

ヴァグナリウム不可視の夕暮れは、設定が黒川さんのツイッターで少しずつ開示されているだけで、まだ原作がありません。
黒川さんの美文で読みたいから原典待ちで二次創作はしない、と思っていたのですが
イベントがあまりにも楽しくて素敵で、創作の熱い空気に触れたら我慢できずに書いてしまいました。。勢いでいろいろ捏造しています。
中級講習会のレポートはこの後書きますのでちょっとお待ちを… なにはともあれ頭の中のこれを吐き出さない事には←

設定、人物などはこちらをご覧ください。

「ヴァグナリウム不可視の夕暮れ」 wiki
・昨日のイベントの動画 → 漫画家のマンガサロン 「ヴァグナリウム不可視の夕暮れ」編

黒川さんの知識量と発想力がほんとうに最高ではんぱないです…!どんだけ頭いいんだろう。
黒川さん文章による素敵な装幀での書籍化を熱望しております!!!
個人的には挿絵は藤村シシンさんを希望。以前ツイッターでお描きになっていた絵がドストライクなのでw


黒川伯爵ハロウィンナイトの小説目次はこちら
他の連載物語はこちらの道案内からどうぞ。
短い話を集めた外伝がとっつきやすいかと思われます(宣伝





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Comment

素敵です 

元ネタとか一切知りませんが、女神の生き方とか、彼女という描き方がとても好みでした。一度付いたら動けない役割とか、場所ってありますよね。そこを動くのは勇気がいって、そしてなにかを壊すことになる。それが恐くて動けない。それでも支えてくれる人や存在がいるなら、大丈夫だとそう思えました。
  • posted by エメラルド 
  • URL 
  • 2017.02/06 16:16分 
  • [編集]
  • [Res]

 

あっあっあっ…この物語、すごくきゅんと来ました…!
ロゥロゥコさん…!!!
お花の意味は多分そうだろうなぁとは思ったんですが、変色後の意味が、また切なくてもう…!!!
素敵な物語ありがとうございました!

REFも新しいものに変わったとのこと、アルディアスさんたちのお話もゆったりと楽しみにしてます…!
  • posted by evah 
  • URL 
  • 2017.02/08 21:41分 
  • [編集]
  • [Res]

NoTitle 

赤、赤、黄、白、紫の並びで、東華文字が読めるようになってきた
今日この頃です。笑。
ああでも、色が変わっても読めるんですね…!
こ、これがネイティヴの花詠みか…!
うー、変なテンションですみません〜〜。
呟きから原典待ちなんだろうなぁと思いつつも、
でもでも、さつきのひかりさんの美しい文で、
ヴァグナリウムを読めたら嬉しいなぁと思っていたので、
興奮が抑えられませんでした。。

ヴァグナ様は虹の妖精に。
そうか、そうだよね、その手があったのかと、一人納得しています。
彼女もまた幸せになってほしい登場人物のひとりです。

イベント参加&講習会、お疲れ様でしたー。
あれ、さつきのひかりさん!?あ、そうだ講習会だ!
と、PC前で、わーわーしてました。笑。
ああ、本当に原典が待ち遠しいですね〜><
  • posted by ナヲ 
  • URL 
  • 2017.02/08 22:54分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: NoTitle 

>エメラルドさん
ご感想ありがとうございます~♪
必要だから始まるけれど、縛るものでもある。「役割」って難しいものですよね…。
設定も熱いので、お暇な折によかったらぜひ~


>evahさん
きゃーありがとうございます♪
東華文字の表とにらめっこして書きました 笑
色変わり部分の評判が良くて嬉しいです。
時が経つと違う意味で読めるようになるとか、どんなロマンチック言語なのかと…!!
陽の雫もそろそろ書きたいです!



>ナヲさん
そうなんですそうなんです、まさかの講習会同日!しかも近辺!!
これは行かねばなるまい…とめっちゃ気合いれて早くから行ったので入れちゃいました。
おかげさまでとても楽しかったです。
ネイティブ花詠み、めっちゃ頭の良さが必要ですよ……私しばらーく表を眺めてましたけど、あれをスラスラやるにはかなりの慣れと花の知識が必要かと…!
東華人すごい。

  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2017.02/18 14:28分 
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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

エンジェルリンクファシリテーター、
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