のんびり、やさしく。

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【銀月外伝】 夏至の扉

ガキン、と鍔が鳴った。
よし、と小さく呟いてからの数合。互いに走り寄って激しく打ちあったが、鍔ぜり合いになれば筋力の強さでこちらが勝つ。本体にも昔していたような日常での基礎鍛錬を課して、毎日十キロ前後は歩かせているのだ。

しかし相手はほんの瞬間力を抜いたと思うと、猫のように細い身体をしならせて一気に間合いの向こうまで飛び退った。手元から流れ去る銀髪に、オーディンの唇が短い口笛を奏でる。相手にとって不足はない。

「あんたが相手なら、こっちも安心して手加減なしでいけるから助かる」

紅い瞳を見つめながら、オーディンは愛用の剣を構え直す。目の前の少年は同じく長剣を構え、ニヤリと笑った。

なつかしい顔。なつかしい銀色の流れ。
かつてオーディンが彼の上司になる人と初めて出会った時と、同じくらいの歳だろう。十五、六歳の、少女と見まごうような線の細い顔に華奢な身体、オーディンの肩ほどの身長、風に舞う長い銀の髪。
昔出逢った少年の瞳は藍色だったが、今目前で剣を構える彼は輝く紅い瞳をもち、そこだけが違った。

オーディンはいつかの生において、紅い瞳の大人の彼とも出逢ったことがある。
その時は若い双子の片割れとして、紅い瞳の死神とともに戦場を走った。戦闘員のトップに君臨する死神は年上で、体格も存在もはるかに大きくて、無表情と無口に隠れた優しさに助けられるばかりだった。恐ろしくはなかったが、気安く話しかけられるような相手でもなかった。

その死神の、少年の頃の姿だという。
独りぼっちで死と隣り合わせの毎日をひたすら生き抜いた、その頃の生き直しをしているのだという。

若い紅の瞳はいつもきらきらと輝き、やんちゃで口が悪くて、くるくると表情が変わる。
かつて知っていた死神は極端に寡黙であったから、まるで別人のようなのだが、それでもこれは彼の若い姿だと、オーディンは自然に納得していた。
煉獄という死地に生まれ育っていなかったならば、きっとこうであったのだ。いきいきとはずむ生命力の塊……だからこそ、必要に応じて大胆に変態を重ね、ああも厳しい境遇を生きぬいてこられたのだろう。
同じ世界に生きた双子から見てさえ、それは壮絶な過去であったから。

「胸を借りるぞ」

踏み出して斬撃を放つ。
紅い瞳の死神も、蒼い瞳の上司も、とても自分が敵う相手ではなかった。
今生になってから大人のグラディウスと手合せした時、その剣の恐ろしいまでの剛さに本気で死ぬかと思ったことを思い出す。

「こっちこそ」

言いながら少年は鋭く剣を突き出し、重い斬撃をかわした。立て続けに斬りかかるオーディンの剣をさばき跳ね上げざま、自分も背後に高く飛んで宙返りし間合いを取る。

「お前、全身ばねみたいだな」

若い猫科の猛獣を思わせるその動きに、オーディンの頬に微笑がうかぶ。元気であることが嬉しかった。

本人は、大人と子供で筋力の差があるから互角くらいではないかと言うけれど。少年が万全の体調であったなら、多分自分は敵わないだろう、とオーディンは思っている。
少年は、彼の属する魂は、いまだ療養中なのだ。

手合せをしているここだって少年たちの持つ浮島のひとつであり、ステーションやクリロズと比べてさえも、はるかに波動の整った場所である。
双子が死神たちと同じ浮島に暮らす縁から、オーディンはいわばリハビリに付き合っているのだった。

療養中の魂が雑多に混ざる気に触れると、まとまりを喪ってばらけてしまう危険性がある。去年の秋に療養を宣言してから約九ヶ月、彼らはいまだ、手持ちの浮島以外に出ることをしていない。
クリロズでの小規模イベントすら自重している状況というが、先日には久々に月の石をかかげて火曜のヒーリングを行い、それもトールが立つというから、オーディンはヴェルニータとともに楽しみに受けた。

硬くて重い、硬質とも思えるほどの圧倒的密度と質量。それがすーっと身体に入ってくるのも不思議だったが、触れたもののエネルギーを再生できるという特技もなんとも不思議なものだ。
オーディンは月の石を知っていたが、あれは確かに、あの石の波動だった。

魔法学校でトールの生徒であったヴェルニータは、エネルギーをおろすために集中していたのだろう、伏し目がちに立っている銀髪の長身を見かけて、その元気そうな姿に涙目になっていた。なにしろ休眠前には、ほんとうにあの……世界樹に還ったときを思い出すような、疲れ果てた様子を感じていたから。
まだ本調子ではなくとも、確実に回復してきていると感じられるのが嬉しい。

「まだまだッ!」

仕合のためにあえて剥き出しのままになっている荒地を踏みしめて、少年が突進してくる。数合打ち合い、二人とも同時に剣を放り捨てて拳に切り替えた。
剣よりも早い連撃が互いに繰り出される。

「どうした!」

体重差があるためにどうしても大人に分があるが、オーディンが叱咤すると、一撃に乗ってくる力が増える。たいしたものだと思いつつ、連打を撃ち出しながら黒髪の男は観察を怠らない。
わずかに少年のスピードが鈍り、攻撃よりも防御の回数が増えてきていた。仕合開始から時間にして十分程度というところか。

(こんなところだな)

歴戦の経験で判断し、腹のガードをごくわずかに下げた。すかさず撃ち込まれる拳。

「…っと。はい、あんたのが入ったから終わりな」

鍛えた腹筋にそれなりの衝撃を感じつつ言えば、少年は柳眉を逆立てた。

「わざとだ! そうやってわざと負けて終わりにしてる!!」

キーっと言いつのってくるその姿。テンションは違うが、向かってくる頭の形や髪の流れに既視感がかすめ、懐かしいやらかわいいやら、なんとも言えない微笑ましさを感じてオーディンは笑う。

「いいのいいの」

手を伸ばして頭を撫でかけ、ゆっくり撫でると怒っている仔猫にひっかかれそうな気がして、ぽんぽんしていたら視界から消えた。
下に流れる銀髪を目で追うと、ばったり大の字にひっくりかえった少年が紅い目で睨んでいる。息が荒いからやはり限界だったのだろう。もともと彼らの住まう以外の浮島で、人の形を維持して、数分といえど他人と仕合できたのだから、それだけで大したものなのだ。

自己の判断に安心する一方、睨んでくる顔が懐かしくもあって、黒髪の男は微笑みを浮かべたまま、その傍にしゃがむ。

ああ、確かにあの人と同じ魂の子なんだな。
同じ下等兵の時に子ども扱いして、反撃されたっけ。

しかしオーディンは同時に、目の前にいるこの子はあの人とは確かに別人だ、と納得してもいた。
そして、内にきらめきを持っているこの子を、できるかぎり大事にしてやりたいと思う。
すっかり親戚の叔父さんの気持ちになりかけ、反射的にいやいや自分などがおこがましいと戒めて無意識に首を振った。
見とがめた少年が上体を起こす。

「? どしたの?」
「ああいや… その、お前見てると、つい親戚の叔父さんみたいな気持ちになっちまってな。でもほら、俺なんかそんな器じゃねえし」
「なんでさ。俺、あんたが親戚の叔父さんだったら嬉しい。なってくんねえの?」

こてんと首を傾げる姿は、あの頃のままに無邪気で、あの頃よりも影がなく明るくて。
それでもこの少年は、かつて上司であった人よりももっと、家族に恵まれずに天涯孤独であったはずで。ぐしゃぐしゃと黒っぽい髪をかきまわし、ようやくオーディンは言った。

「……いいのか、俺で?」
「なに言ってんの、俺はおっさんがいいな」

からりと少年は笑う。

「アルディアスだって、おっさんのこと『親友』ってこっそり思ってたんだぜ? お互い名前も知らないで、いつ会えるかもわからないけど楽しみな相手なんてそうないよ。
けど、おっさんは何ていうか……『幸せを受け入れない』っていう生き方を選択してたんだろ、エリィさんのことでさ。だから黙ってたんだって」
「親友……あの人と、俺が?」
「そうだよ。本体だって言ってたろ」

何をいまさら、という顔で少年は言うけれど。

「あの人と……俺が、……親友?」

顔の下半分を掌でおさえて繰り返す。自分は、そんな器では。
藍色の瞳の上官とは、最初ただの下等兵同士として出逢った。シャワー室でうなだれる細い肩の後輩を慰めようとして、ラベンダーの記憶を覗かれて。

儚い香りに包まれた愛する人の記憶は、オーディンの胸の一番大事なところに大切にしまってあり、何があっても揺らぐことはない。
彼はエリーデをずっと大事に想いつづけている。彼女を喪わせてしまった己を責めることは、彼が彼自身に課した罰であり、いつしかオーディンの軸を成すものとなっていた。

幸せになってはいけない。望んではいけない。

そうやって自分を律してきたのだ。最愛のエリーデを救えなかった愛を伝えられなかった自分などには価値がない、からっぽで、何者でもないのだから、目立っても評価されてもいけないと。
もちろん、辛くなかったわけではない。しかしその辛さを感じることさえもまた、分をわきまえていない、と感じられた。

楽しい部隊の中で、少年のころから見守ってきたあの人の親友と呼ばれる位置に憧れたことが無いとは言わない。最初は先輩として、それから名も知らぬ僚友として、そして部下として。誰よりも長く、あの人が二等兵として入隊してすぐから見てきたのだ。けれど人と自分を比べても仕方のないことだし、自らの幸せを願うことはエリーデへの裏切りになるような気がして怖く、望みはさらに自分を責める材料となった。
つばめのように飛び去ってしまった大事な人を忘れぬために、伝えられなかった愛を彼女に伝えるために、そのためだけに、彼は生きたのだ。

「うん、親友。少なくともアルディアスはそう願ってるし、俺も、おっさんのことも、アイレイも、リチャードも、ヴェルニータもみんな大好きだよ」

胡坐を組んで見上げ、少年は天使のように無垢な顔でにっこりと笑う。筋ばった手から覗くオーディンの顔の上半分がぼっと赤くなった。この少年のあっけらかんと直球なことときたら、そういえばリチャードは「うちの坊ちゃまは超ひやひやキャラ」とか認定していたっけ。抱きつかれた分身が真っ赤に固まっていたことを思い出しつつ、似たような状態でオーディンはどもった。

「だ、だ……」
「それにさ。エリィさんは今生で、おっさんの腕の中にいるんだから。もう離すわけないんだし、一緒に幸せになればいいだけじゃん」

そうなのだ。
あれほどに求めた彼女とは、今は一緒に暮らして、もちろん想いも伝えているのだから。オーディンにとって罪の源泉であった彼女の喪失は、今はもう解決されている……。

もう、罪人で、なくても、いいのだ。

幸せに、なっても。
両手を広げて幸せを望み、受け取り。
憧れた人の親友で、連なる子の叔父さんであっても……

「……いい、のか…?」

オーディンの呟きに、少年は満面の笑顔で頷いた。
照れ隠しのように手をのばして、男は艶のある銀髪をわしゃわしゃと撫でる。叔父さん。叔父さんだったら、もっと遠慮なく、ぐりぐりと撫でても許されるかもしれない。もう少しこの子が元気になったら、博物館や買い食いに連れていってやるのもいいな。きっと大きな眼を輝かせて喜ぶだろう。
自らを認めた途端にあふれ出た愛おしさに目を細めて撫で続けていると、おとなしくされるがままになっていた少年が急にぷっと頬を膨らませた。

「……さっきの。わざと負けられたの、悔しい」

何かと思えばそんなことだ。気楽に甘えて突っかかってくる様もかわいくて、オーディンは声をあげて笑う。少年は以前からこんな調子だったから、思えば最初から随分となついてくれていたのだろう。
叔父さんのつもりで、オーディンは撫でる手を少し強めた。

「お前な、怒ってるけど、回復したらあっという間に俺なんか抜いちまうよ。無理すんな、あと焦るなよ。お前のこと大事に思ってるのは俺だけじゃないんだからな。
ま、今くらいお子様扱いさせとけよ」

遠慮なくぐりぐりしてみる。ハムスターのように頬をふくらませていた少年が、もう一度ごろんと地面にひっくりかえった。
伏せた長い睫毛に白い指先がのびたから、まさか泣かせたかとぎょっとして顔を見直せば。

思いっきり、あかんべえ、された。

「ぶーーっ」

思わず吹き出して腹を抱える。ひとしきり笑ってから、オーディンは立ち上がり、手を振って歩き出した。

ああ、何て、なんて。

荒地を出て、すっきりした顔で自らが暮らす浮島へ向かう。
鼻歌ですたすた歩くオーディンの足元は緑の芝生が輝き、鮮やかな初夏の花々が咲き匂っている。

生まれ直す夏至の扉、生命力の夏。

呼びかけられて顔を上げれば、我が家の戸口では愛する人が……かつての病から抜けて元気に暮らす彼の妻が、ラベンダーの香りとともに笑顔で手を振っていた。








■オーディンさんとアルディアスの出会い

【陽の雫外伝】 Lavender's blue 
2 Lavender's green
3 When I am ......
4 You are my ......


■助けてくれた話

【陽の雫 77】 記憶


■子ども扱いされてつっかかるアルディアス

【陽の雫 外伝】 Crocus vernus


■双子と死神たち

【銀月外伝】 THE SIX ISLES − 双子 −
【銀月外伝】 THE SIX ISLES − Party Party, Twin cats. −


■ヴェルニータの思い出

【銀月外伝】 思い出のかけら 〜少女と戦士〜


■ぼっちゃまは超ひやひやキャラ

【銀月外伝】 月の森のティールーム 〜準備編〜
【銀月外伝】 月の森のティールーム 〜本番編〜


■何度もの出会い

【銀月外伝】 はじまりの勇者たち ~花園3~
【銀月外伝】 中華幻想 - 仙楽風飄




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◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆【外伝 目次】


オーディンさんの本体様から、夏至の扉ばりーーんの素敵なお話を伺いましたので
その後のやりとりを合わせ、さっそく物語にさせていただきました♪
書きながら、なんだかオーディンさんの魂全体にとって、第一部総集編みたいだな~と思いましたので
出逢い他本文中で触れられているエピソードのリンクも集めてみました。
…ら、たくさんあって楽しくなったので、本文には出てきていないけどご出演の物語もこっそりいれてみたw
どの方か明示されてないものもありますが、読みながら考えてみるのもまた一興かと♪

オーディンさん、リハビリつきあってくださり、どうもありがとうございました~。:+.゜ヽ(*′ω`)ノ゙。:+.゜





 ☆ゲリラ開催☆ 6/28~7/3 花園のREF


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誰が見ても親友であり、同士だったと思ってましたよ。
と、伝わることを祈りつつ。
  • posted by S 
  • URL 
  • 2016.06/29 13:18分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【銀月外伝】 夏至の扉 

ぱりーん、ですね。
  • posted by ぽちょる。 
  • URL 
  • 2016.06/29 18:00分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【銀月外伝】 夏至の扉 

お話をありがとうございます♪
オーディンさん、良かったですね!!
月の石のヒーリングが出てきて楽しかったです。
同時進行の世界のことだったと、今回まで理解してなくて、
さつきのひかりさん、すごい素敵なお仕事をされてらっしゃるのですね~!
いろんな人が居て、いろんなことの架け橋になって、
世界をすべて愛せるようになるように、できてるんだなあと
しみじみ思いました~。
私達はみんな愛されてるんだ~とも、しみじみ^^
さつきのひかりさん、ありがとうございます~♪
  • posted by よいの 
  • URL 
  • 2016.07/02 09:39分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: Re: 【銀月外伝】 夏至の扉 

>Sさん
阿吽の呼吸とかありましたしね♪



>ぽちょる。さん
ぱりーーーんです!!



>よいのさん
ありがとうございます~♪
ものがたりには過去のお話も多いのですが、外伝の目次で「★」マークのついているものは
現実と同時進行の世界のお話だったりします。
三次元と上世界と今と昔と、不思議に混ざり合って展開する魂のお話、
お楽しみいただけたら幸いでございます♪

  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2016.07/13 15:20分 
  • [編集]
  • [Res]

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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

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