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【陽の雫112】 Trumps 5

招かれざる客人を帰すと、アルディアスは執務室に戻り上衣を脱いで肘掛つきの椅子に深々と腰かけた。
衣を受け取ったルカがハンガーにかけ、あたたかい薬草茶を淹れてくれる。開け放った窓から冬の冷気と森の香りが流れ込んで、ふかく吸い込めば肺の奥底まで沁みてゆくようだった。

「いくさがみ、か…」

椅子を回し、夜空を見上げて誰にともなく呟く。
現状ヴェールの国教とも言うべき星の女神の信仰は、だが唯一神による厳しい一神教というわけではない。
長い星の歴史のなかではたくさんの宗教や信仰が興り、そして統廃合も繰り返された。その中で他の宗教宗派を統合しながら「生き残った」のが星の女神である。

女神は星の総体であり、その星のすべてに姿をかえて宿るとされる。
各地に残るさまざまな伝承や神話を、否定することなく包容し……それも彼女の分身のひとつであり、それぞれに見る角度が違うだけでどれもが尊いのだと、全は一であり一は全であると説いてきたのが、今に至る神殿の神職たちであった。

結果、中央はじめ各地の神殿がゆるやかに統括はしながらも、さまざまな土地にさまざまな伝承がほぼそのまま残されている。
北部に残る冬将軍と春の女神の神話もそのひとつであるし、戦神の伝説が残る地もあった。
今では「神」といえばまず星の女神を指すのが常識ではあるものの、土地神の信仰を根強くもち、女神とは別であると主張する団体ももちろんあって、それらは神殿からすると異教ということになる。

神殿は彼らの信仰に干渉したり女神を強制的に押しつけることはしないため、だいたいの集団とは今のところ表だっての大きな対立はない。だが、なかでも西部の戦神を信仰する団体は戦いを正義とし、率先して主戦論を唱える傾向にあるため、平和を旨とする神殿にとって少々困った存在ではあった。最近ではアルディアス個人について戦神の再来であるとか言いだす輩もいるようで、さらに頭が痛い。

軍が認定している軍属神官、彼らは名目上、戦神信仰に分類される。実態は西部で生まれ育ち戦神のみを信じる者よりも、神殿で女神信仰を学び、卒業後に軍に入ってスカウトされ、女神のもとに武器や戦士を祝福するという思想の者が多いのだが、正規の神職ではないためにそのような位置づけになっていた。

神学校を出ていたら神職、一般人の理解はそのようなものだが、実際の進路は幅広い。
そのまま上位神官の下について数年勉強ののちに試験を受けて神職に就く者もいれば、まったく普通の職を選ぶ者、神殿内には留まるが神職ではなく工房や農業、畜産を担うほうに重きを置く者、さまざまだった。
神学校で一通りの教科教養・料理から畑の世話まで生活のあれこれまでを叩き込まれ、「手に職がついて」いるものが多いため、きちんと学べばどこに行ってもそれほど困ることはないのだ。

中には少数だが軍に飛びこむ者もいて、軍属神官はその中から認定されることが多い。
神殿から軍へというのはまさに自身の行状と重なるため、アルディアスの胸中は複雑である。彼自身は二等兵になったとき、出自は明かしていなかったし宗教も明確にはしていなかった。神殿関係者であるとばれたときにも、先に大神官候補であるということが知れていたため、軍属神官へのオファーはなかったのだ。

だが、今考えるに、軍からすれば軍属神官として任用したかっただろうと思う。
次代の大神官候補が軍属神官として祝福すればパフォーマンス効果は大きく、神殿への発言力を将来的にかなり強めることもできるからだ。
アルディアス自身には何も知らされていなかったが、当時の老大神官とはそれなりの交渉があり、若造の自分は幾重にも神殿に守られていたのだろうと想像がつく。さきほどの面倒な来客を思い返し、老大神官の皺だらけの顔を思い返して、銀髪の男はふっと息をついた。

それではもし、アルディアス自身に軍属神官へのオファーがあったらどうであったか。

(……即答で否、だろうな)

夜空に冴える星の光をあびて、心に呟く。
大神殿の教えに背くから、だけではない。神殿から軍へ、飛び込んだのは自分自身のエゴであり、戦いを神聖化するつもりも、殺人を正当化するつもりも、アルディアスにはない。

命を奪い、無辜の民にまで鉄の災害を拡大させる戦争は、どうあがいても大量殺人でしかないのだ。
国の為、誰かの為……どんなに崇高な目的を唱えたところで、相手にもそれなりの理由があるのだから、お互いに正義同士のぶつかりあいでしかない。

「フェロウ、辛ければ祈ってもいい。だが自分のために祈っちゃならん。いいか、俺達の仕事は人殺しだ。言い訳なんざ、殺した敵の家族には蟻一匹ほどの価値もねえからな」

十五で軍に飛び込んだアルディアスが、初めて実戦に出た翌日。目の下に大きな隈をつくった少年兵に、短い赤毛と無精ひげの先輩軍曹は、大きな傷痕の残る顔をしかめてそう言った。

「自分のために祈るってことはな、お前の家族が同じように殺された時、怒る権利を放棄するってことだ。わかるか」
「……はい」
「命を殺める自分を正当化するな。ただし卑下もするな。罪は罪だが、だからといって、幸せになっちゃならんという法はない。兵士稼業は精神の綱渡りだが」

だが、揺れてもいいからどうにかバランスを取って、お前はちゃんと渡れ。
そして幸せになれ。

傷だらけの温かく大きな手が、まだ細い肩に置かれる。柄にもねえけどな、と照れくさそうに指導役の先輩は笑った。

「お前はまだガキだ……怒るなよ、十五ならまだ学生の歳だ。俺達兵士は、郷里の女やガキどもが笑ってられるように、そう思って稼業を続けてるのが大半なんだ。お前は本来まだ守られる側なのに、こっち側に来ちまった。よほどの事情があるんだろうから止めるこたできねえが、お前が壊れたり、死んだりするのは見たくねえ」
「はい……」
「人を殺めることにも、いつか慣れるだろう。そういうもんだ。だが戦いが終わった時、幸せになるためには、綱渡りを止めちゃならん」

生と死と。
傷つくやわらかい心と、封じ込める鉄の仮面と。
血濡れた白刃と家族の笑顔と。

多くの矛盾を抱え込み、ほそい狭間をどうにか縫うようにして、戦士たちは毎日を駆ける。
だから彼らが、心のよりどころを欲する気持ちはよくわかるのだ。なにか大きなものに頼りゆだねて、ただその駒として動けるなら、その場での彼らの苦悩は減るやもしれぬ。
見たくない自分から眼を逸らした報いは、その重さのままに彼の人生に訪れるけれども……。

開け放した大きな窓から、傾いた月が覗いている。
誰にもひとしく降りそそぐその光は女神の恩恵そのものであり、この世界にあるものすべて、見守られ愛されているのだと教えてくれる。
戦争を止めて平和をと祈るのは愛ゆえであるが、戦い続けるのもまた、祖国を守りたいという郷土愛ゆえとも言え、そしてヴェールを売ろうとする計画も……おそらくは。

ただ単に私利私欲のためならば、むしろ話は簡単だ。金なり肩書きなりのために他人の権利を侵害する者を犯罪者として捕え、あとは法に任せればよい。
しかしデオンが調べ上げた名簿に載っていたのは、今夜の客人とは違い、軍内では停戦派と呼ばれる面々だった。例え名分であったとしても、大義が「戦争を止めて若者の将来を守るため」とすれば、民衆の中には賛同する者も出てくるだろう。まして軍部の重鎮が声を上げるならば、流れは強くなるかもしれぬ。

冷たい風に銀髪をなぶらせながら、アルディアスは考える。夫を亡くし子供を亡くす日々に、人々は倦み疲れている。
ヴェールという国がなくなっても、戦後処理ごとサライに丸投げして日々に平穏が訪れるならそれでいい、とにかく早く楽になりたい、そう考える者もいるはずだ。講和に持ち込んで互いに条件を主張し忖度し調整し、自らの手によって地道な戦後処理を行うよりも、ずっと楽な手段に映るから。

そしてヴェールは民主主義の国である。
その手段を是とする者が多数を占めれば、国の車輪はそちらへ回るのだ。

正義は人の数だけあり、どれが正しいなどとはきっと、誰にもわからぬものなのだろう。




夜更けに帰宅したアルディアスは、浴槽で一日の疲れを落としてから、妻の休むベッドにすべりこんだ。
いつものように古代語の本に片手を乗せ、規則正しい寝息をたてて眠るリフィアの横顔が安らかであることにほっとする。おくれ毛をそっとかきあげて額に唇を落とし、隣にもぐるとほんのりと温かかった。

「ん……、アルディ、おかえりなさい」
「ただいま、リン。もう遅いからおやすみ」

ふにゃりと安心した顔で抱きついてくるぬくもりに微笑み抱きしめ、もういちどキスをして寝かしつけるように背を撫でる。

それは、彼自身の幸せと正義のありか。
愛するひとが、夫の死に怯えずに夜を過ごすために。すべての婦人が、子供たちが、世界中の人々が、幸せで安らかな眠りを享受できるように。

彼の目指す世界、アルディアスの正義は、ムービー事件の犯人達とは相容れない。
停戦を目指しつつおそらくは彼らを資金源に使い、祖国を売って官職を得ようとする輩とも、停戦以外の部分において相容れない。

相反し、話合いも妥協もできないならば、できる戦いをするしかないだろう。
むしろ相手はとっくに戦端を開いている。同じ停戦派ながら、軍功多く軍神とも呼ばれて各所に人気のある銀髪の男、自らの手をもって過去を清算し少しずつ未来を創ろうとする神殿、そしてその代表たる大神官に。
リフィアに魔の手が伸び、大神殿から子供たちが誘拐されたのは、まぎれもない事実なのだ。

妻の誘拐を阻止したのは、ほんの三か月ほど前の話にすぎない。いまさらに当時の寒気を思い出して、思わず彼女を抱く手に力がこもる。

(護ってみせる)

カードの卓を囲むすべての陣営が、それぞれの正義や利益の椅子に座る。
護りたいもの、手に入れたいものの優先順位にそって、謀略をめぐらし手持ちの札を切り出してゆく。
自ら体重を預けている椅子が唯一の「正しい椅子」だなどと、思い上がらぬがよい。正しさなど、立つ場所が変わるだけで秋風に吹かれる枯葉のようにやすやすとひっくり返る。

それを知っていてなお、どうしても喪いたくないものがあるから……何度も足場を確かめ、鏡に映る自らの姿をつねに確認しながら、足を踏み出してゆく。


明日。
大きく攻める。彼の、彼らの大事なものを、護るために。

腕の中のぬくもりに幸せのありかを確認しながら、アルディアスは深く短い眠りに落ちた。











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◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆第二部【陽の雫】目次


本編2か月ぶりってわりと早… とか言ったら〆られそうですがすみません;


テーブルを囲む誰もが、正義を謳う。

そのとき、自分は何を基準に選ぶのか……


そのあたりを描写できていたらいいなと思います。




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Re: 【陽の雫112】 Trumps 5 

背景が・・・深い。。(-_-;)
どんな結論を出されるのでしょうか・・・・。
  • posted by うめたろう 
  • URL 
  • 2016.04/03 11:38分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: Re: 【陽の雫112】 Trumps 5 

>うめたろうさん
なんだか緊迫しておりますよね。
更新が滞りがちでご迷惑をおかけしておりますが、お楽しみいただけたら幸いです!
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2016.04/07 21:08分 
  • [編集]
  • [Res]

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