のんびり、やさしく。

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【陽の雫 外伝】 Crocus vernus

クロッカス



お腹が痛いのかと思ったのだ。
道端に変な姿勢で蹲り、地面を見つめているようだったから。

大丈夫ですかと背後から声をかけて、近づいてそっと肩を叩こうとしてわかった。その人は、長い手足を窮屈そうに折りたたみ携帯機器のカメラを構えて、足元に咲きそめた紫色のちいさな花を撮ろうとしていた。
春の女神の爪先みたいなその花は、ぬるみはじめた土を割って地面すれすれに咲く。舗装された道路の脇は広い公園になっていて、春の名を冠した花が隅に群生していた。

「お? おう、お前か。ありがとう、ごめんな。具合悪ぃわけじゃねえんだ」
「綺麗に撮れましたか?」

いくつかシャッターを押して腰を伸ばしながら立ち上がった彼に微笑むと、携帯に内蔵されたアルバムを見せてくれた。

それはまるで花畑のようだった。
木の花、草の花、青く澄んだ空、雪模様、伝統ある建物、広々とした公園の風景、無心に餌を食べるリスやうさぎ、小鳥たち。

たくさんの切り取られた瞬間を見て、僕は世界を見つめるその人の視線が、とても澄んで優しいことを改めて知る。明るく柔らかな空気感に添う言葉にならない深みは、彼の性格そのままだ。

「素敵な写真ばかり……写真集は出さないんですか? 僕欲しいです」

アルバムに収められた数々をじっと鑑賞しながら本気で言ったのに、その人は慌てて両手を振った。心なしか声が裏返っている。

「写真集ぅ?! ないない、とんでもない、そんなの柄じゃねえよ。おかしいだろ」
「どうしておかしいんですか?」

渋々とカメラロールの優しい世界から目を上げて、目線より上にあるブルースピネルの瞳を見つめて首をかしげる。だって本当にわからないから。

「だってこんな軍人の俺がだぜ? おかしいだろうが」
「趣味の写真集を出しちゃいけないっていう軍規はありません。こんなに綺麗な写真たちがもうすでにあって、ここにファンがいるのだから、あとは本にするかどうかだけでしょう? ああでもそうですね、ファンの数か……。デジタル媒体でもいいですけど、世界をじっくり味わうならやっぱり大きい紙の本がいいし、そうすると印刷コストが上がりますもんね。ファンを募ってクラウドファンディングします?」
「いやいやいやいやいやいや、落ち着けおい」
「とっても落ち着いてます」

冷静に返したのに、その人は武骨な手でがしがしと頭をかきまわした。

「クラウドファンディングって何だよ。だいたい何でそんなに詳しいんだお前、子どものくせに」
「だって僕、本好きですから。小部数のものにはわりとありますよ。先にファンから寄付を募って、その収益で本を出すんです。そうすれば元手がかからないし、一定数は必ずはけるし、宣伝にもなるし」
「無理無理無理無理。それ、そもそもファンを集めないといけないんじゃないか」
「そりゃそうですけど。この写真なら問題ないと思うけどなあ……それとも出版社に持ち込みます? 神殿出版部とか、雰囲気合いそうですし堅いですよ。あそこなら少部数でもわりといけます。紙質もサイズもカラーも妥協したくないし。後は……」
「いやだからおい、……」
「はいはい、わかりました」

その人が本気で焦り始めたので、僕は肩をすくめて矛を納め、子ども呼ばわりした仕返しはこのくらいで勘弁してあげることにした。出逢ってから一年、三歳下の僕はまだまだ身長も体格も敵わないし、最初の頃を思い出すと護るべき子どもに思われるのも仕方がないけれど、彼だってまだ成人していないはずなのだ。
深く礼をして携帯を返すと、その人はそれを胸ポケットにしまい、ちょっとおっかなびっくりな顔をした。

「お前、本好きなのは知ってたけど。写真なんかも好きなのか?」
「好きです。美術館とか博物館とかも。……今は神殿関係の場所に近づけないので、全然ですけど」

太古の昔から、神や見えない存在は芸術家の心をくすぐってやまないものであるらしい。大神殿には歴史の古い宝物が山ほどあって、所管の博物館や美術館で公開しているのだ。大きな建物がいくつもあり、入館料は政府の補助もあってかなり安く設定されている。子供はどこも無料だから、以前は休みになると通ったりもした。
今は脱走中の身で神殿関係の施設には近寄れないが、事情を知るその人は、少し躊躇した後にこう切り出してきた。

「あー、あのさ。郊外にある、ハロヴィッツ庭園美術館って知ってるか」
「はい。行ったことはないですけど……あそこって、ちょっと電車とかだと行きにくいんですよね、山際の外れたとこで」

神殿系の美術館に行けなくなってから、バスや電車を使って近郊の美術館などに行ったことはある。セントラル北側の山裾に位置するハロヴィッツ庭園美術館は、広大な敷地の見事な庭園と、代々の領主が蒐集したという膨大なコレクションが有名な私立美術館だ。
いつか行ってみたいとは思っていたけれど、その遠さと行きにくさから実際に足を運んだことはなかった。

「そうなんだよな。でも俺、あそこ好きでさ。時々行くんだ。この春から初夏くらいまで、中世絵画の展示があるんだが…、あー、花も見頃だしよかったら一緒に行くか? 車出すから」
「いいんですか? 行きます!」

僕は即答した。中世絵画も花も好きだし、何よりいつも身内のように心配してくれるその人が自分の好きな場所に僕を誘ってくれたことが嬉しかった。
朴訥で遠慮深い彼が、出過ぎたことをしたかな……、と不安になっているのも見て取れたから、ありがとうございます、と満面の笑顔でにっこりする。
ようやくほっとしたように、その人の頬もゆるんだ。

「おう、じゃ次会った時な。昼飯おごってやるよ」
「僕だってお給金貰ってますから。車代がわりに僕が出します」
「へっ、子どもが気ィ使うな」
「……」

再びの子ども扱いに目を眇める。16歳、背伸びしたい盛りの生意気さで、僕は彼の胸ポケットを指差した。

「……ラブレターを出版するのは恥ずかしいですか?」

このパンチは効いた。
対戦者は一気に耳まで真っ赤になったあげく口と胸を押さえて悶えまくり、自らリングに倒れてジ・エンド。予想以上の効果になんだか申し訳なくなってくる。

「な、な、な……、ら、ら、ら、……」
「はいはい。さっきから繰り返し多いですね」
「だ、だ、だ」
「え? バレバレですよそんなの。別にサイキックなんか使わなくても、見たらわかります」
「うぇぇえぇっ」

その人は茹で上がった顔でおののいた。足元が危うくなったから、手近なベンチまでひっぱって座らせる。
意図せぬテレパシーで相手の心を覗いてしまった時のような罪悪感が少し胸に湧いたけれど、そもそもアルバムを見せてくれたのは彼なのだ。

被写体の一瞬を切り取る眼差しの温かさと柔らかさ、その背後に隠れている、けれど無くなることのない、どうしようもない細い一本の氷の針のような切なさ。
事情さえ知っていたなら、きっと誰でも気づくだろう。この人の写真は、天国でラベンダーの香りをまとう、たったひとりの想い人に捧げられている。
もちろん彼自身がもともと写真好きなのだろうけれど、愛する人に見せたい景色、言葉ならぬ手紙なのだろうと、僕は感じた。

「届きますよ、ラブレター」
「……ほんとかよ」
「僭越ながら、大神官試験に受かった僕が保証します」

真面目くさって頷いてみせる。神殿では、人の想いが世界を創るのだと教えている。亡くなった人の魂もすぐに消えてしまうわけではない。
その人はベンチの背もたれに凭れて空を仰ぎ、肺の底から大きく息をついた。空はよく晴れ上がって真っ青だ。風に甘い花の香りがのってきて、ふっと口角が上がる。

「そうか……届くのか」
「ええ、必ず」

魂に時間はないから、真実の想いはいつか時空を超えて必ず届くのだ。
鍛えた腕に細い身体を抱いて見せてやりたいと望む景色は、その想いとともにきっと彼女を包む。それがいつであるかなんて、肉体を脱ぎ捨てた魂には何の問題にもならない。
その人は立ち上がり、 大事そうに胸ポケットを撫でた。

「土産話になるんなら、ちゃんと撮っておかなきゃな」
「ゆっくりでいいんですからね。魂に時間はないですから」
「子どもに心配されることねえよ。じゃ、またな」

結局最後まで子ども扱いして、手をあげて去ってゆく。僕も手を振り、踵をかえした。
次に会える時がとても楽しみだった。


けれども春が過ぎ、夏が過ぎてもその機会は訪れなかった。僕と彼とは所属する隊が違っており、そもそも休日となる日が違ううえに、実はお互いまだ名前も知らないのだ。以前に一度送ってもらったから彼は僕の寮の部屋を知っているはずだったが、けして訪ねてくることはなかった。
中世絵画の展示が終わってしまうな、とカレンダーを見て思ったけれど、偶然会っては笑って少し喋る関係が貴重でもったいなくて、わざわざ名前を調べて会いにゆく気にはなれなかった。それは向こうも同じだったのかもしれない。

冬になり次の春が近づくと、急に僕は身辺が忙しくなった。
神殿を脱走して軍に紛れ込んでいることがバレただけでなく、驚いたことに老齢の大神官様ご自身が直接、軍の敷地内までやってきたのだ。
てっきり怒られて放逐されるだろうと思っていたのだけれど、話し合いの結果、僕は籍を神殿に置いたまま、士官学校へと進むことになった。

神殿の人が軍に来て話し合いをしてたようだとか、軍の偉い人が専用車でばたばたと出かけていったようだとか、下級兵士用の食堂でもいっときそんな話題でもちきりになっていたらしい。
さすがにそんな場所でゆっくり食事はとれないから、適当にパンでも買って演習前に部屋で食べておこうとしていた時、久しぶりにその人と会った。
どうやらすでに噂を耳にしていたのだろう。あ、と何か言いたそうに口を開きかけたまま固まっている。
目に見えて困っているその人に、僕は自分から言葉を押し出した。季節をいくつか越えて、目線の高さがほんの少し近づいている。

「あの、今言っておかないと次いつ会えるかわからないですから……。僕、軍と神殿にばれちゃって。士官学校へ行って、軍人と神官を兼務することになりそうです」
「そっか……」

その人は言葉少なに頷いた。隠したがっていた僕の気持ちと、ばれてしまって大変だなあという労いと、でもこれでもう隠さなくて楽になるんじゃないかという思いやりと、そんなものが混ぜ合わされた沈黙。
大神官を兼務するとまでは言わなかったけれど、彼はわかっているだろう。そしてその両極端な職務の重さも、僕より先に慮ってくれているに違いなかった。

「……次に会う時にはお前、俺の上官だなあ」

長めの髪をかきまわし、ぼそりとその人は言った。少しでも明るい話題を探したぶっきらぼうな心遣いに、僕は微笑みを返す。

「わからないですよ? 僕、あなたの部下がいいです」
「ばーか、んなわけあるか。しっかりやれよ。帰ってくんの楽しみに待ってるから」

いつもの調子に戻って、ついでにまだ低いところにある僕の頭もぐしゃぐしゃとかきまわしてくれた。乱れた銀髪が笑いあった視界を覆い、温かな手のひらからは心配と祝福と、いっとう大きく(元気でな)。
がっしりと筋肉のついた腕を押し返すふりをして、僕からもどさくさ紛れに(どうかお元気で)。大神官様直伝の、ありったけの加護とともに。

案の定、すぐに気づいたその人はスピネルの瞳を潤ませた。
こんなことしなくていいのに、お前が持ってけ。
でもそんな声ならぬ声を、僕は聞こえないふりをした。だって下等兵のその人が明日を過ごすのは、厳しい前線なのだ。
また会って笑いあうまで元気でいてほしいと願うのは僕の我儘かもしれないけれど、楽しみにしてると彼も言ってくれたから。

「じゃ、あの、僕これから演習がありますから、これで……あの、また」
「ん、ああ、おぅ、また、な」

最後もいつもの挨拶で、僕たちは別れた。
お互いに名も知らぬまま。

食堂の入り口に飾られたプランターの中で、春の女神の爪先が紫色の蕾をふくらませていた。



クロッカス2


*Crocus vernus=クロッカスの学名。vernus は春の女神


二人の出会いなどはこちらをどうぞ♪

【外伝 Lavender's blue 】 ~ オーディンさんの物語1 ~
【外伝 Lavender's green 】 ~ オーディンさんの物語2 ~
【外伝 When I am ...... 】 ~ オーディンさんの物語3 ~
【外伝 You are my ...... 】 ~ オーディンさんの物語4 ~


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◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆第二部【陽の雫】目次


名も知らぬ二人。
それでもその絶妙な関係が、とても心地よかったのです。
ぴったりな素敵写真は友人より頂きました。どうもありがとうございますーー(≧▽≦)!!


そしてじつは本日、エリィさん(本体様)のお誕生日なのでして。オーディンさんも魚座さんですので
トランプシリーズで緊迫した場面が続いておりますが、今日はオーディンさんからエリィさんへ、
そして私からお二人へ、お誕生日のプレゼントなど…♪

オーディンさん&エリィさん、お誕生日おめでとうございますーーーー!!
ますます素晴らしい一年になりますように+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚





 3/2~3/6 REF & water of love 一斉ヒーリング

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Comment

ありがとうございます。 

何度も何度も、読み返しています。
その方の撮られるお写真の豊かさ、やさしさはきっと、自然がお好きなのだろうな、と思っていたのです。

以前…ずいぶんと前ですが、私はその方の花や生き物の何気ないお写真が大好きだから、
もしよかったらこれからも、時々はお写真を撮られたら見せてほしい、と頼んだ事もありました。

丁寧に描かれた物語で謎解きしていただいて、ふんわりかけていただいたのは、まるで色とりどりの花のネックレスのよう。
心に届く、物語の贈り物、どうもありがとうございました。
  • posted by E 
  • URL 
  • 2016.03/07 02:14分 
  • [編集]
  • [Res]

私からも 

彼女は何より大事な人で、折に触れて幾度となく思い出していました。
その、思い出す時間もまた、
自分にとっては大切なひとときでした。

長い時を経て、当時渡せなかった想い、果たせなかった約束を、
届けること、果たすことができました。


彼とはお互いに名乗らない、その距離感が心地よかったし、
ある程度それで来てしまうと、改めて聞く気にもなれなくて。

心の中の大事なものを、
そっとそのまま大事にしてくれることがうれしかったです。

本当に、ありがとうございました。
  • posted by O 
  • URL 
  • 2016.03/08 02:46分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: ありがとうございます。 

>Eさん&Oさん

悩んだあげく、一緒のお返事にさせていただくことをお許しください。

お二人とも、物語を気に入って頂いて、本当にどうもありがとうございます。
勢いに乗ってあっという間に書きあがったので、私もとても楽しい時間と達成感を頂きました。笑


「その人」が、鍛えた腕で想い人を抱いて… というくだりでは

ぬっと突き出される鍛えられた腕(恥ずかしさのために無言

かしこまり!と速攻描写(言葉にしなくても大丈夫わかってるぞ感

お互いビシッとサムズアップ

とかいう、四コマになったら楽しそうな感じで指定が入ったりw


狂言回しで銀髪の小僧がどうしても出てくるところが邪魔っぽくて残念ですが←
素敵なご夫婦の描写をさせていただけて、また時空を超えた手紙の運び人をさせていただけて
幸せな時間をこちらこそどうもありがとうございました♪


(ほらね、ちゃんと届いたでしょう?笑)とニコニコしている少年とともに。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2016.03/08 18:20分 
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物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
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