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【陽の雫110】 Trumps 3

ライキと母親を宿舎に帰しセラフィトと別れた後、銀髪の大神官と秘書は大股に廊下を歩いていた。

「どれくらい待たせてる?」
「半刻というところでしょうか。修道院長にお願いしてありますので問題はないかと。それより、ご衣裳を控室に用意してあります」

アルディアスは自分の身体を見下ろした。少年になるべく親しみやすくするため、軍服の上着だけを簡素な神官服に替えた状態である。スラックスは濃色の特徴ないものであるとはいえ、少々変わった恰好ではあった。
待たせている客には正装のほうがいいだろうし、子どもの心の深淵に降りてゆく仕事から、次はまったく方向性の違う客の相手をせねばならない。

「お茶も用意いたしますので」

よくできる秘書は、必要な切り替えにかかる時間もきちんと計算している。
だいたい招かれざる客、何度も断って押しかけてきている相手なのだ。この際待たせるのも戦術のうちといえるだろう。

「そうだね」

微笑して首肯し、ソファに腰かけるとふうっと息がもれた。人の心に踏み込む術は、やはり緊張する。眼がしらを軽くおさえるようにして深くゆっくり呼吸していると、まもなくしてローテーブルに香りのよいお茶がおかれた。
礼を言ってティーカップを持ち上げると、甘い薬草の香りがふわりと鼻腔をついた。神殿内の薬草園で作っているハーブを、リラックス用にルカがブレンドしたものだ。

壁際に目をやれば、白い大神官正装がきちんと刺繍の肩掛けつきでかけられている。衣自体は傷みぐあいによって時々新調されているが、意匠は大災害以前から代々受け継いでいるそのままだった。
白い正装は神殿内で織られたつやのいい最高級布をたっぷりと惜しみなく使っているが、色は白一色で形もシンプルだ。上にまとう肩掛けによって位階がわかるようになっており、これは紫を基調に美しいグラデーションに織られた地に、金と銀の糸でヴェールの花と唐草模様が縫い取られ、長い房がついている。

今では自分のものとなったこの衣装だが、アルディアスはいつも、見ると先代の老人を思い出す。
五歳で孤児院に入ってきたふさぎがちのサイキックの子どもを、ほとんど祖父のように育ててくれた人だった。
巨大な素質を持ちながら制御できない幼児、しかも心的外傷後となれば不安定でいつ爆発するかしれず、しかも訓練所の職員でも抑えきれないと証明されてもいたから、名実ともに大神殿内随一のサイキックを誇る大神官がついているしかなかったのだ。
当然事故後すぐに保護の動きもあったようだが、いったん父親の元に戻されたのは、少年が母と妹の遺体にとりすがって、どうしても離れようとしなかったからだという。

そんな特殊事情があったから、アルディアスは普通なら許されない場所にも供としてずいぶん入れてもらったし、本式の複雑な祭文も間近で何度も聞いていた。どうしても子どもを連れてゆけない時には、老大神官の妻である老巫女に預けられた。
家族棟につつましく住んでいた彼女は、ふっくらとした頬と澄んだ水色の瞳が印象的な可愛らしい老婦人で、手仕事が好きでユーモアにあふれ、目尻にはたくさんの笑い皺が刻まれていた。それでいて自身もサイキックであった彼女は、ウィンクしながら「魔法のつかいかた」を孫のような幼児に教え込んだものである。

暴走の危難が去って孤児院で子ども達と遊べるようになるまで、アルディアスは大神官夫妻に育てられたのだ。アルディアスが今に至っても老人受けが良かったり、強大なサイキックを持ちながら手仕事を愛するようなところには、多分に彼らの影響があるといえよう。

ともに鬼籍に入って久しい二人が、最後まで頑として突っぱね続けた軍からの依頼。
それが次の面談だった。


袖も裾も白くゆったりとした大神官の衣に着替えてから、落ち着いた足取りで応接室のドアに向かう。
ルカが扉を開けると、刺繍張りの応接セットに軍服の男が所在無げに腰かけ、横にシオーネが皺の寄った顔に完璧な宗教的静寂をたたえ――とりつくしまもない無表情で控えていた。

「お待たせいたしました。大神官様のご到着です」

ルカの声に男が立ち上がる。細身ながら長身で胸にはびっしりと勲章をつけ、彫りの深い顔立ちに焦げ茶の髪をきっちりと撫でつけていた。肩の階級章は中将だ。
アルディアスはかるく目礼して椅子に座るよういざなった。

「ありがとう、シオーネ。私もお茶を貰えるかな」
「かしこまりました。御客人のものも淹れなおして参ります」

盆を持って老巫女が退出すると、アルディアスはゆったりと相手の向かいに座り、顔をまっすぐ見て言った。

「ようこそ、とは申しませんよ。何度いらしても答えは同じです。我々は、人を殺傷する武器に祝福はしません」
「しかし」
「いかなる職にあろうとも『人』の区別は致しませんが、軍隊に武器にとなると、我々の教えには添いませんので」

穏やかながら確乎とした物言いだったが、相手の中将も負けてはいない。こころもち胸をはり、階級の上下差を思い出させるような声を出した。

「しかし……大神官殿は、准将でもいらっしゃる。軍職にある者が、下士官兵士の不安をそのままにするとは」
「さよう、私個人は確かに軍職も持っておりますが、ここにいる私は個人ではなく、准将でもありません。人を殺し命を奪うこと……それは、相手の人生を、喜びを奪うことです。我々自身が奪われて良しとしない以上、その行為が祝福されて良いわけがない」

瞼の裏に残る、老夫妻の穏やかな笑顔。彼らは幼いアルディアスを導き育て、長じて軍籍に入ることすらも認めてくれた。自分達の属する神殿とは相容れぬ存在である軍に、次代の大神官と目された者が在籍することがどれほどの不利益になるか。
知りぬきながら、ましてその大波を直接かぶる立場にありながら、彼を、彼のありかたを許してくれた人たちを、裏切るようなまねは決してできない。
何度訪ねてこられても、是、という回答は最初から欠片たりともないのだが、中将は大仰に目を怒らせた。

「ほう、では准将は部下の兵士達が苦しんでも良いと言うのですね。神殿とはなんと薄情な」
「厄災除けの加護ならば、依頼があれば鎧などにも授けておりますよ。また神殿では、母なる星に無事に帰ってこられるよう、御守を授けてもおります。お望みの方には、そちらを身に着けるようにお勧めしています」

尖った応酬に空気が音を立てるように緊張をはらむ。とっぷりと暮れた窓のむこうに、凍えた月の光が細くひらめいていた。
軍の備品や武器に祝福をしてほしいというのは、もう何百年単位で長いこと依頼されては毎回断っている案件だ。安心安全を祈る「加護」はどうしても地味な感じであり、新しい始まりや大願成就等の意味のある「祝福」のほうがセレモニー的にも見栄えするし、神殿が軍を応援していると大々的に打ち出せるからだろう。

人殺しを続ける兵士達は退役後もその記憶に苦しめられ、さまざまなストレス障害を発症したり言動が荒くなったり、自殺率もとても高い。血を流し断末魔を発した相手に、その命を奪った自分に、どうかせめてもの救いたれたまえと、声なき悲鳴のような祈りが戦場には満ちる。

アルディアスはふっと息をついた。
彼自身、すでに人生の半分より多くを戦場で過ごしているのだ。末端の兵士達の嘆きと絶望がわからぬわけはない。

「……軍に依頼されずとも、戦死者は敵も味方も弔っております。軍職にある者が個人で神殿なりに来て祈ってもらうことも、もちろん歓迎いたします」
「それならば」
「中将は、兵士達の苦悩を止めてやりたいと思っておいでなのですね。すばらしい人格者でいらっしゃる。
 ……では、戦争を止めてください。戦いを止めさえすれば、彼らの苦しみはすぐに解決します」

視線が月影のように招かれざる客を射る。当たり前の正論だと言うのに、客は驚いたようにしばし口を噤んだ。

「…戦争を止める? そんなことができるわけが……」
「我が星だけでできることではありませんから、実施には色々な困難もありましょう。しかし、兵士達のもつ人殺しの苦悩を止めてやりたい、その望みを叶える一番の手立ては、戦争そのものを止めることです。誰しも、誰も殺すことも殺されることもない、幸せな毎日を生きたいのですから」

深い蒼い瞳が、じっと中将の瞳をのぞきこむ。
中将は年齢と階級からいっても、おそらく士官学校卒のエリートで戦場では尉官からの出発であったろう。最前線の白兵戦に身を投じ直接人を手にかけた経験で言えば、二等兵からのアルディアスの方が多いと思われた。

他星からの侵攻という理由があるにしても、結果として講和よりも戦いを選び続けているのは軍であり、社会である。神殿も当然社会の一員として責任を担うが、戦いによって生まれる苦悩は、神殿の祝福があったからといって簡単に解決できるようなものでもないはずだった。
戦い続けるという前提、そのものがまず間違っているのだ。
神殿の態度を責めるのは筋違いと指摘され、中将は唇の端を曲げた。

「我が星に、軍関係の職についている者がどれだけいるかご存知でしょう。戦争を止めたならば、多くの者が路頭に迷う。それでも良いとおおされるか? ……もっとも、大神官である貴方は職が無くなる心配はないでしょうな」

お羨ましいことだ、とカップに隠すように呟いてみせる。
しかしアルディアスには、もともと大神官などという役職に未練もこだわりもない。代わりがいないから仕方なく務めているものの、もしも戦いが終わってどこかの田舎で手が足りないと言われれば、喜んでそちらに向かうだろう…… 今は独り身ではないから、彼女の意向をうかがってからにしても。

「人手の必要な場所は沢山あるでしょう。戦争が終わり復興のためならば、神殿は軍に力を貸すことを厭いません。我ら神殿では、自給自足を旨にさまざまな生産的技術を存続させています。我が大神殿の学院は、星きっての広範かつ深い知識を誇ります。現在でも、各地からたくさんの聴講生を受け入れておりますよ」

僻地の小さな神殿は基本的に「なんでも屋」であるため、神官に求められる知識と実践は恐ろしく幅広い。それに、と銀髪の大神官は続けた。

「私達はなんのために戦うのです。職を維持するために戦争を続け若者を殺すのであれば、本末転倒というものではありませんか。人が働くのは、日々の糧を得てその人らしくしあわせに毎日を生きるため。働くため、搾取されるため、そして殺すために生きているのではありません」

アルディアスの言葉は、けして奇をてらったものではない。平和な世ならばしごく当たり前のことだ。人が人として幸せに生きること、自身の夢を追うこと、ただそれだけのことが、戦いの中では叶わなくなる。
相手は苦虫を噛み潰すように声を押し出した。










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◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆第二部【陽の雫】目次


よよよようやくの本編更新でございます…!
お待たせいたしましたー!! ぜーはー。

書き手の未熟さにより関係者各位にご迷惑かけまくりながらの執筆でございますが、なんとか年内に進められてよかった。
まだしばらく重めの話が続きますので、がんばります。


毎年恒例の帰省の前ぎりぎりにアップできてよかったー!
年明けで悪いわけではないのですが、できるだけ年内に出したかったのです。験担ぎというか 笑

それでは皆様、よいお年をお過ごしください♪




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Comment

Re: 【陽の雫110】 Trumps 3 

おお、更新ありがとうございます。
ヒーリングより、物語読みにくることの方が多いのでうれしいですー。
秘書殿の仕事ぶりが素敵。

立場って大事だけど、立場を超えた視点って大事ですね。
それとも、そう思わない人の方が多いのかなー。
  • posted by unknown 
  • URL 
  • 2015.12/30 17:43分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫110】 Trumps 3 

物語更新、ありがとうございます。
アルディアスさんの登場に、心の中でさあっと風が吹きわたりました。
年末、忙しくしてましたので癒されました。
私も帰省組です。
さつきのひかりさんもどうぞお気をつけて、いってらっしゃいませ。
  • posted by あおいそら 
  • URL 
  • 2015.12/30 17:57分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫110】 Trumps 3 

お二人のやり取りに引き込まれてしまいます。

ずっと昔の銀河のどこかでのお話かもしれない。・・けど、そのまま今のこの世界のどこかのお話ですよね。。繰り返し繰り返し。人と人の心の中の戦いなんだなぁって。。
(ヘッセの「メルヘン」がとても好きです。その中の「別の星の奇妙なたより」・・という物語の王様が、なぜかトールさんと重なって。。。勝手な思い入れかもしれませんが・・。)

お話の続きが読めてうれしい!^^💛

よい一年でありますよう!!
  • posted by うめたろう 
  • URL 
  • 2016.01/02 17:24分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: Re: 【陽の雫110】 Trumps 3 

>匿名さん
ありがとうございます~♪
物語を楽しみにしてくださって嬉しいです!!
去年はあんまり書けませんでしたので、今年はもっといっぱい書けたらいいな^^



>あおいそらさん
ありがとうございます。年内更新万歳!!!(自分でガッツポーズ ←
はーーーーようやくこの場面が書き終りました。
物語的にもちょっと重たい部分ですが、これからテンポもでてきますのでお楽しみに~♪



>うめたろうさん
ずっと昔のどこかの銀河かもしれないし、並行世界のどこかかもしれないし
けれども生まれる問題は、今の地球と響きあっているようで…
私がここでこうして物語を書いているのも、不思議なことですよね。
おそらくこれらを物語として書きたいがために、わざわざ「書くのが好き」っていう属性で生まれたんでしょうしねえw
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2016.01/18 15:30分 
  • [編集]
  • [Res]

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