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【陽の雫104】 セピアの仕事部屋

ちいさな卓上のランプだけが灯り、その光もうずたかく積まれた資料や書類に阻まれてドアまで届かない、うす暗い部屋。
質素だが頑丈で大きい机に向かって、ルカは背を丸めるようにして仕事を続けていた。

大神官室の隣にある、通称仕事部屋。
使い込まれた机と椅子、それに壁を埋める書棚、ガラス戸のついた腰高のキャビネット。奥には大きな窓もあるが、今は厚手のカーテンで外界からさえぎられている。
華美な装飾はないが、神殿内の工房でつくられた家具には手作りの温かみがあり、足元には厚手の絨毯が敷かれていて、書類仕事の多い秘書職が冷えないように工夫がされていた。

「……あー、もうッ」

羽ペンを放り投げ、緑がかった髪をかきむしるように仰け反ったのは、脳裏に昼間の出来事が浮かんだから。というか、ついそればかり考えてしまうからだ。

今日の昼間、隣の大神官執務室において、ルカは一枚の書類にサインを求められた。
現職大神官の正式なサインと封蝋のついた公式書類。彼の銀髪の上司は、自分が署名した後にルカにもそれを求めたのだった。

「……なんですか、それ」
「遺書」
「はあ?!」

秘書にあるまじき言動であったとかそもそも最初の問いから胡乱げだったとか、この際色々と不備は許していただきたい。何もかも、唐突に幼馴染に向かって遺書にサインさせようとするアルディアスが悪い。 

「……」

椅子の背に体重をあずけて筋を伸ばすように大きく息を吐き、ルカは顔を戻した。今度はゆっくりと首を左右にひねる。
昼間のアルディアスが手の込んだ冗談を仕込んだのではないことくらい、わかっているのだ。むしろ冗談にしてしまいたいほど、おそろしく真剣であることも。

「遺書って何ですか、何で私のサインなんかいるんです」

午前中の明るい光の中、物理的にも壁際まで下がって思い切り警戒した目つきになったルカに、大神官は苦笑した。

「次代の大神官、ルカは受けてくれないんだろう。だから他の誰かになってもらわなくてはならないが、適任者が今の所いないんだよ。北部大司教には遠慮されてしまったし」
「ああ……」

北部司教はそれなりの老齢だ。大神官そのものよりも、それを補佐する役を望んだのだという。
前代の指名がなければ神殿全体からの互選、それから奥宮での選別となるが、そうなるとどうしても時間がかかる。

「その間、神殿と軍部の間で代表を務める人間がどうしても必要なんだ。次代の大神官が誰になるにせよ、私が今まで築いてきたものを、双方とうまく調整をはかって軟着陸させてくれる人材が」

藍色の瞳でまっすぐに親友を射抜いたまま、ゆっくりとアルディアスは続けた。

「君しかいない。 ……ルカ」

東西南北、四大司教の了承はすでに得ている。あとは君のサインだけだ。そう言って、長い指が公式の羊皮紙を卓上で回転させ、ルカに向ける。
そこには確かに、神殿の最高執行部である四大司教および大神官の正式署名がすでに綴られていた。

「次代の大神官をやれとは言わないし、私の葬儀のとき総責任者をやってほしいとも言わない。でも、調整役はどうしても必要だ……そしてそれには、神殿全体の総意であるという権限がなくては困るだろう」

アルディアスの声は落ち着いている。
軍人を兼務する大神官を戴いているのだから、確かにそれは必要な手配だとルカにもよくわかる。

非常時を、考えたくないが銀髪の親友がもしも万が一死ぬようなことがあれば。大神官という地位、准将という地位の兼ね合いからして、国葬に近い盛大な葬儀を営むことになるはずだ。
その時の神殿と軍部との調整。良くも悪くも印象の強い大神官が不在なのだから、神殿の意見は割れる可能性があり、合議などともたついていたらどうなるかわからない。

その時に神殿側の代表として、軍部と渡り合える権限を持つ人間が必要だ。
次代の大神官がそれにあたってもよいが、適任者がいないとなれば代わる者に、それだけの揺るぎない権限を渡す差配をしておかなくては混乱する。
葬儀のことのみならず、次に控える大神官の互選、さらには未来にわたる軍部との力関係、ひいては星全体の国力の低下、敵星との力関係…。生じた混乱は、広く長く影響を及ぼしてしまうだろう。

次代の大神官が任にあたるのでなければ、アルディアスの秘書として軍部にも顔の利く自分が立ち回るのがもっとも効率がいいし、親友の意に沿わないような葬儀を演出されないよう、うまく治めることができる。

そうなのだ。
死せる英雄とされないように。必要以上に美化されないように。
その死を軍部の民衆へのプロパガンダに利用されないように、また神殿との力関係における力点に利用されないように、アルディアスは願っている。

なるべく遠くから覗きこむように見た書類には、棺にむけた「最後の祈り」を主導する旨の条項もあった。

「……アルは、ずるい」
「うん」

神殿の代表ではなく次代の大神官でもなく、幼馴染のルカに最後の祈りを手向けてほしいと。
派閥や国内に混乱が生じた場合のさまざまな憶測がぐるぐる脳内を駆け巡り、その最後に、困った顔をしてじっと待っている風情の銀髪の幼馴染。
ルカは、はあっと大きく息をついた。

「……断れるわけ、ないだろ。ばか」
「うん。ごめん」

差し出された羽ペンを乱暴にインク壺に突っ込み、細心の注意を払って余分なしずくを落とすと、所定の欄にていねいに署名する。
終わってペンを戻すと、アルディアスがほっと息をついた。

「なに?」
「ううん。……ほっとした」
「これで安心して死んだら怒るからな」
「わかってるよ。大丈夫だから」

肩をすくめて、それでも嬉しそうに、アルディアスは封筒に入れきっちりと封蝋を施したそれを執務机の鍵のかかる引き出しにしまい込んだのだった。

親友の懸念が晴れるならば実務などは物の数ではないが、それが友の最期に関することだけに、ルカの胸中は複雑である。
いざというときの保険として必要な手続きをしておいただけだ、そう自らに言い聞かせつつも、そもそもそんなこと考えたくもない、アルディアスは軍部などで死ぬ前に神殿に戻ってきて、先代のように平和に長生きすればいいのだと本気で思ってもいる。

もう一度長い溜息をつきながら椅子の背に手をかけるように体をひねると、腰のあたりがボキリと鳴った。先ごろからデスクワークが詰まっていて、秘書の身体もいろいろと詰まりぎみだ。
お茶でも飲むかもう少しやっつけてしまうか、悩んだところで控えめにドアがノックされた。

「どうぞ」
「ししょー、お茶ですっ!」

声に応じて開けられたドアから覗いたのは、両手に盆を持ってキラキラ光っている幼いまなざし。
その背後に、ドアを押さえている心配顔の巫女の姿があった。もう子供はとっくに寝ている時間なのであるから、元々彼女が持ってきたものを、寝られなかったかたまたま目覚めた子供がお手伝いすると言ったものだろうか。
ルカは自分の腰ほどしかない少年に目をむけて微笑んだ。

「ありがとう、ライキ。ちょっと待ってて、暗いから今灯りを……」

ルカの仕事部屋は、そこらじゅうが資料と書類と本、それにあまり神殿には似合わない端末で埋め尽くされている。
軍部とのやりとりも行うために必要な電子機器も揃っており、つまり壁際に寄せてはあっても、足元にコードが這っていたりする。

まして暗くては飲み物の入った盆を持って子供に歩かせるには危険きわまりない、だから壁際に寄って手を伸ばし、電灯のスイッチを入れようとしたときにそれは起こった。

ばっしゃあああん!

効果音の聞こえそうなくらい見事な転びっぷりで、茶しぶきが宙を舞う。
回り込むように壁際に近づいていたルカは無事だったが、資料の山がもろに飛沫を浴びた。

「ライキ!?」

とりあえず少年を心配して駆け寄ると、怪我や火傷はしなかったらしい。ルカはほっとしたが、呆然とした顔で身体を起こした少年は、みるみるうちに目尻に水滴を膨らませながら、ふるえる手を濡れた紙束にのばした。
本を乾かすのに日に当てるべきか、火に当てるべきか、皺にならないように冷蔵庫の様なところで冷やすか、それとも重石を乗せるのが良いのか。

とりとめのない考えが高速で少年の脳内を駆けめぐったものだろうか。薬草茶のかかった紙束を持ち上げると茶色い雫がしたたり落ちてきて、あわててライキは自分の袖でごしごしとこすった。白い神殿服のポケットに今日はハンカチを入れていなくて、彼は被害に遭った本や書類をきれいにしようと片端から袖でこすったから、今度は袖が茶のしずくと埃とインクでひどくまだらになってしまう。

「ご… ごめんなさ…っ」

眦からあふれてくる大粒の涙。そういえばこの服も借り物なのだった。
ライキは孤児院の子ではなく、登録は神殿内併設のサイキック訓練所だ。「耳が良すぎる」…つまり、実際に声にされていない言葉をテレパシーで拾ってしまうことが増えて辛くなってきたため、両親と学校からの依頼でしばらく預かっている。

サイキックは急に開花することが多いため、こういうことは多い。巫女や神官にはサイキック能力者が必然的に多く訓練も積んでいるし、子供たちも慣れている。昼間は神殿内に揃っている学校へ通い、放課後の時間を訓練にあてるのだ。
コントロールを必要とする能力がテレキネシスなどだと通いで済ませることもあるが、受信テレパシーなどは雑音が多いほど辛いために、数週間から数か月、その子が安心して暮らせるようになるまで孤児院の子供たちと混ざりつつ、合宿のように過ごすのだった。

もちろん最初は家族棟の個室で母親と泊まりこんでもいいし、本人の状況にあわせて徐々に慣れてゆけるようなプログラムが幾通りも用意されている。
ライキも母親と施設に来ていたが、数日前から本人の希望によって他の子供たちと寝食を共にしているはずだった。

「うん、怪我はないね」

茶色い頭に手を置いてぐりぐりと撫でつつ、ルカは片手で紙束をそっと小さい指から抜き取る。
仕事用の資料をまとめたそれは、茶渋によって表紙の半分ほどが染まってでこぼこになっていた。

「古文書だか宝の地図みたいだね」

思わず笑いながらページをめくる。何枚か染みてはいるが、もともとただの資料なのでそれほどの実害はない。これが公式文書などだったらライキを慰めるのも大変だったろうから、まずはよかったとルカはほっと息をついた。
しかし少年は、その溜息を落胆と勘違いしたらしい。

「ししょーーー!」

うわあああん、と大声で泣き出したライキ。まだ小さな身体を抱き上げて、ゆっくりと身体を揺らしながら、ルカは「大丈夫、大丈夫」と優しい声で呪文のように唱えた。
書類は本当に問題なかったし、ルカの「声」のコントロールは完璧だ。身体接触にびくりと身体を震わせた少年が、師匠の言葉に嘘はまったくないことを感じ取って、やがてしずかに泣きやんでゆく。

(ほんとのほんとにほんとですか?)

敬愛する師匠の首にぎゅうと抱きついて、肩をぐしょぐしょにしながら伝わってきた言葉は音声ではなくて、訓練中のライキにはルール違反ではあったが、ルカは気づかなかったふりをした。

「大丈夫だから。ね?」

栗色の頭を撫で、軟らかい頬に頬ずりしながら、自分の言葉が昼間の執務室の親友と重なる。となればあれも、「問題なし」と思うことにしていいだろうか。
内心苦笑しながら、ルカは泣き顔の子供に微笑んでみせたのだった。













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◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆第二部【陽の雫】目次



池袋アストラルトラベル講習会レポートに出てくる「ライキくん」は、この子ですw
この物語、ずーっと書けないなあと思っていたら、どうやらライキ君のデビュー待ちだったもよう 笑

春休みが終わって久々の太極拳道場から帰ってきてご飯を食べさせてやっと一息、
これから子供会の会議に行かないといけないので、とりあえずあがった物語をアップいたします。
間が開いちゃいましたからねえ…><
メールのお返事は明日いたします~すみません~~ (そして明日もPTA会議がある… 今年兼務なのでorz


 ★桜祭り★ 4/8~4/13 さくらの祈り

 ★桜祭り★ 4/7~4/13 REF&サクラ菌一斉ヒーリング


応援ぽちありがとうございます♪→   
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Re: 【陽の雫104】 セピアの仕事部屋 

こんばんは、最近やっと物語を読み終えることができました。
今回の話もそうなんですがでてくる人物みなさんとても
優しい人ばかりですね。
それぞれ背負ってる想いや責任など、いろいろあるはずなのに・・

優しい人は強いこころを持っているといいますが本当にそうですね、私も強くなりたいと思います。(現実はなかなか笑)

またお忙しい中いつもヒーリング有難うございます、物語のつづきも楽しみに待っています^^
  • posted by karin 
  • URL 
  • 2014.04/10 22:00分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: Re: 【陽の雫104】 セピアの仕事部屋 

>karinさん
読破ありがとうございます!!
ようやく本編を更新できました(汗
ルカさんも素敵な方ですよねえ♪

亀更新で申し訳ないですが、じわじわ頑張りますのでお楽しみいただけたら嬉しいです^^

  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2014.04/12 16:38分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫104】 セピアの仕事部屋 

遺書!!
思わず先の展開を変な方に予想してドキドキしてしまいました。
らいきくんいいぞ!

本当のことだから
ラブラブなやさしい物語ばかりでなく
辛いことや最期の事も全部分かって
ステキなお話に換えてるんですよねぇ
作家さんですね〜すごいなぁ
その器量の広さ?深さ?にいつも感動、感服してしまいます
もっとお話し読みたいです〜♪
ドン底の出来事も優しい言葉と物語にして
是非是非書いてください!
この大好きな物語の登場人物の一生全てを追いかけたいです
日本語つたなくてすみません
とにかくファンです!
  • posted by ゆえつん 
  • URL 
  • 2014.04/13 01:26分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫104】 セピアの仕事部屋 

さつきのひかりさん、お話ありがとうございます☆。
サインの件は、「問題無し」と私も自分に言い聞かせて。
というか、気になるけど言い聞かせたい(笑)。

ライキくん、ルカさんに出会えて良かったですね〜。
ルカさんの「大丈夫」という言葉に嘘が無いと感じ取って
泣き止むところ、きゅんとしました。良かった〜。
そういえば、私の子供も、私の言葉に嘘が無いか、
言葉よりもむしろ私の心(?)に集中しているかも、と
思いました。そりゃ〜子供も混乱するわ。一人で納得。
気をつけます。
きっと読者一人一人、気付く所は違うのでしょうが、
さつきのひかりさんのお話には、はっとさせられる事が
多いです〜。ありがとうございます。

それにしても、執筆にPTAに講習会、ヒーリング祭りに
習い事。。。今年もさつきのさん、凄いです。
  • posted by むーみん 
  • URL 
  • 2014.04/16 09:29分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: Re: 【陽の雫104】 セピアの仕事部屋 

>ゆえつんさん
ありがとうございます~~~(涙
私にとってもどれも大切な物語ばかりなので、細々と記録しておきたいと思うと、えらいことに←
物語としての体裁をととのえつつ、できる限り皆のことを漏らさず書けたらいいなあと思います。
それぞれの人生に、それぞれのかけがえのない想いが詰まってるのですものね^^


>むーみんさん
今年はなんだか色々重なってしまいました 笑
スケジュール帳が埋まってるとか何事なんでしょうか…w

子供って、とても敏感だから大人の嘘をすぐ見抜いてしまいますよね。
いつも物語やヒーリングを楽しんでくださって、本当にありがとうございます。がんばります~♪^^
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2014.04/18 15:45分 
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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

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