のんびり、やさしく。

ヒーリングと物語とものつくり。

Entries

【陽の雫 98】 囮捜査 2

ざわ。
ざわ… ざわ。

精神統一をする心の隅に、かさかさと耳触りな雑音が感じられる。
広い中央神殿の敷地内はもちろん、遠くあふれてあまねく流れゆこうとする神気。その導管たる銀髪の大神官はその流れに心をひらき、中庸の眼で物事を把握している。

奥院にて祈りのささげられている黄金色の飴。これの散供を今か今かと待っている子供たちの浮き立つ心は、花咲き若木の萌え立つようでとても気持ちがいい。
雑音は、彼らを狙う毒牙たち。

やはり……来ている。
悪意を持っている誘拐犯達は、神気の中で黒い染みのように浮いて見える。
しかし今は大事な神事の最中であり、アルディアスは隊員たちの心話を潜在意識の一部に通してはいるものの、今ここでしっかりとは聞いていない。同じように、感じた悪意についても神気は存在を許し、非とせずに認めて、ただ眺めている。
人としてはたとえ離れたことであっても、その光を身に降ろすのが大神官のつとめであった。

神は、中庸だ。
結果は自分達が引き寄せる。
人は人事を尽くして天命を待たねばならない。


ほとんど葉を落とした木々に囲まれた神殿に、賑やかな子供たちの歓声が響き渡る。
セントラルではそろそろ寒さも本番になろうとする手前、一年の恵みに感謝して冬に備えるための祭りが開催されていた。

神殿の正門は開放され、中門との間に高舞台が設置されている。
そこに乗った神官や巫女たちが、短い祈りの文言とともに小さくラッピングされた飴を撒いているのだった。

神殿の敷地内でだけ栽培されている、神酒ヴェータの原料となる果樹。その汁を煮詰めて作った特別な飴だけに、子供たちは我先にと手を伸ばす。
それでも、ひとりひとつの約束を守って、彼らは自分の分を取ると後続の子供たちに場所を譲るのだった。
病気などで来られない兄妹や友達の分は、言えば門の脇でちゃんと予備を渡してもらえる。そこでは小さな焼き菓子なども配っており、寒風に赤い頬をした子供たちはにこにこして、友人たちとささやかなプレゼントを見せ合っていた。

そうして子供たちで中庭があふれる午前11時、飴撒きもそろそろ終わる頃。
アルディアスの官舎から運転手つきの車で神殿までやってきたエルンストは、少し背を丸めるようにして職員通用口を目指していた。
受付で一言二言話し、老人に指さされてごった返した外を見る。少し会釈してから、扉の外で帽子をおさえ、のびあがるように子供たちを見た。高舞台に向かおうとしている小柄な赤い髪を見つけ、人混みに入ってゆく。

なんとかルビィの元にたどりつくと、エルンストは小さい声で何事か話しかけながら、親戚の子にするような笑顔をむけた。

「飴、貰うんだー!」

人混みに負けぬようルビィが叫ぶのにうなずいて、赤い髪を撫でる。
「またね、リフィアおねーさん!」という声に笑顔で手を振って離れると、またうまく人をかわしながら混雑を抜けた。追ってくるいくつもの視線を感じながら先程の通用口に戻り、すばやく建物に入る。

金髪に緑の瞳。二人の結婚式の映像は国中に広まっているが、あの時はアルディアスが決してベールを外させなかったし、女性は化粧や服装でいともたやすく印象が変わる。
朝の病欠の届けは一般回線で行われたから、当然敵方は承知しているだろう。
その彼女が外出するとしたら、病院か、あるいは医師免許も持っている夫のところでも不思議ではない。

軍人のエルンストは車を降りた時から狙われているのを肌で感じながら、「ばれないように、疑わせるように、素早く」の指示を完璧に守って囮役を遂行した。
当然敵方も囮の可能性を考えているだろうが、エルンストをリフィアと疑わせ、ルビィをその知り合いと疑わせる。そうなれば、「アルディアスの愛妻の知り合いである子供」を攫った方が断然いいのだ。
もし違っていても、他の子と同じように商品にすればよいだけなのだから。

イベントを楽しみにしているのは、神殿の孤児院に暮らす子供たちも例外ではない。
もらい損ねる者が出ないよう、申告すればきちんと予備から貰えることになっているが、高舞台からの飴撒きに参加するのも楽しみのひとつだから、先んじて配ることはしていない。

生成りのセーターを着たシエルも無事に撒かれた飴を手に入れ、ほくほくして今度は門脇の焼き菓子を貰おうと踵を返した。
なにしろ人が多い。飴を貰った子供たちは後ろに下がって、今度は親や保護者と出店を見て回ったりするし、逆に新しく飴を貰うために正門内に入ろうとする人々もまだいる。坩堝のような人混みを斜めにつっきるのは難しくて、まずは高舞台から離れようとした時だった。

強い人波が、ぐいぐいと少年を正門の外に押し出そうとする。焼き菓子を配る場所から遠ざかりそうになり慌てて進路を変えようとして、シエルは自分を押すものがただの人波ではなく、恣意的な誰かの腕だと気づいた。
人の流れが速くてただでも流される。そんな中わけわからずどこかの方向へ、腕をぐいぐいと押されている。
ぞくっと背筋を凍らせる恐怖と同時に、聡明な少年の脳裏で、ぱちんと何かの回路が繋がった。

今朝まだ未明、たまたまなんとなく少し遠いほうの手洗いに行ったとき耳にした言葉と風景。
会議室のドアが薄く開いて出てきた赤い髪の人は、自分とそれほど背丈が変わらなかった。顔立ちも年齢不詳というか、その部屋から出てくるにしてはかなり若く見え、訛りの強い言葉でトイレの場所を聞いてきた。
とりあえずお客様用の場所に案内しての帰り、ドアの隙間にその人が滑り込むとき、一瞬「おと…」と聞こえたのだ。
深刻そうな低い声で、何の音だろうと思っていた。その部屋は今日の警備本部になっていることを知っていたから、人混みの騒音対策か、マイクの調整でもするのかなと思っていたのである。

違う。「囮」だ。

天啓のように閃いたその考えを、シエルは疑わなかった。
囮、自分と身長の変わらない青年。いつにもまして厳重な警備。ごったがえすたくさんの子供たち。准将やオーディンが戦場に出た時関わったという、子供の誘拐事件。
いろいろなピースが、自分でも説明のつかない状態で組み合わされ、高速で大きな絵を完成させてゆく。

今自分の腕を背後からとっている人物は、きっと誘拐犯に違いない。そう確信した少年は、鼓動が急激に高まるのを感じた。
人混みの中、そっと知り合いを探してみたが見つからない。たったひとりの恐怖。しかし、他の子ではなくて自分に巡ってきた。ならば自分は、どう動いたらもっとも皆の役に立てるだろうか?
常日頃からどうにかして大人たちの役に立ちたいと思っていたシエルには、恐ろしさを感じると同時に願ってもない幸運だった。

先程までの恐怖は片隅にひっこんで、人波に紛れて強く押されつつ、興奮する頭でいろいろと手立てを考える。怖くても逃げようとは微塵も思わず、どのタイミングでどうやって誰と連絡を取るのがベストか、そればかりを考えていた。

「おっとすみませ~ん、この子俺の甥っ子なんで」

ところが門を出たか出ないかのところで突然聞き覚えのある声が頭上から降ってきて、シエルの肩がぐいと抱き寄せられた。
濃いチェックのシャツにざっくりした茶色のセーターを着ているのは、私服で警備に入っていたオーディンだった。
続けて何か御用ですかと愛想良く問えば、シエルの腕を離した相手が「あ、すみません、顔見知りの子が親御さんとはぐれたのかって間違えちゃって」 とごにょごにょ言いながら去ってゆく。

そのままオーディンは少年の肩を抱いてその場を離れ、少し人の少ない木陰にいざなった。長身を折り曲げるようにして、ほっとしたような心配げな笑顔が覗きこんでくる。

「お前、危なかったな。もう少しで攫われるところだったぞ」
「……のに」
「?」
「せっかくチャンスだったのに。なんでだよ? もう少しで囮になれたのに!」

拳を固め、ハニーカルサイトの瞳が振り仰ぐと、黒髪の男の表情が一変した。

「おまっ……この馬鹿野郎!」

大声で怒鳴りつける。戦場で鍛えた声はびりびりと振動をともなうようで、オーディンの怒ったところを初めて見たシエルは、思わず首をすくめてきつく目をつぶった。

「…あ。……すまん」

大きな手がすまなげに小さな頭に置かれ、わしゃわしゃと金髪をかきまわす。しばらくそうしてから、溜息のような言葉が頭上から漏れた。

「……ごめんな。焦っちまった」

オーディンが見つけた時、シエルは人混みの中でどんどんと連れてゆかれるところだった。
しかも人が多いから、自ら進んでいるのか引っ張られているのか、ぱっと見にはわからない。ともかく正門を抜けようとしているから、必死で人混みをかき分けるようにして追いついたのだった。

彼はムービーの本拠を潰す作戦にも参加したから、誘拐された少年たちがどんな目に遭うのか、知りたくない部分までよく知っている。
囮であるルビィ以外の子供たちが毒牙にかかる可能性ももちろん考慮に入れて、だからこその私服警備でもあったわけだが、顔見知りの、それも自分が連れてきたシエルが誘拐されそうになっているのを目の当たりにして、ひどく焦ってしまったのだ。

軍人の彼でさえ口にするのも憚られるような、恐ろしい目に遭っていた子供達。独特の腐臭が漂う有機分解炉。押収されたムービーや写真の数々。

脳裏を嫌な記憶が駆け巡り、思わず身を震わせる。
変態的な性癖を持つのは、下辺の者達だろう。黒幕を担う者はおそらく、純粋に金と権力のためでしかない。より多く儲けられるからという理由で無力でいたいけな子供達を狙う、卑劣な犯罪者ども。

アルディアスの隊に叩きのめされて、復讐を狙う輩がいるだろうと予想していた。
遠方からも子供たちが集まり、混雑する冬祭りのこの日に、大神官の膝元からまんまと獲物を誘拐する。人混みで追跡は容易ではないし、これ以上の復讐はあるまい。
シエルがその餌食になるかと思うと、心底ぞっとした。

「俺もなあ……お前がどっか連れて行かれるのかと思って、怖かったんだぞ」

足元の石畳を見つめて息を吐く。

「ごめんなさい……」

驚きやらショックやらが収まってきたシエルが、蚊の鳴くような声で言った。
いちどきに興奮で燃え上がり、恐怖を上回っていた。しかし気づいてすぐ逃げずにいたことが、冷静になってみればどれほど恐ろしいことだったかが、普段穏やかなオーディンの怒りようからも容易に想像される。
それがわからない少年ではなかった。

「ごめ、なさ……」

うつむき唇を噛みしめる眦に涙の粒。
こんなふうに泣くのはずるいと思ったが、やはり緊張していたのか、安堵したらしく止まらない。涙を止めようとしてよけいにしゃくりあげる小さな背を、オーディンの温かな手が撫でた。

「うん。無事だったから、いい。うん……」

そのまま抱き寄せてもう片手で頭を撫で、はあぁっとオーディンは大きく息をついた。

その頃ようやく高舞台にたどりつき、子供たちと一緒になって飴を貰ったルビィは、その場所から抜けるふりをして前夜リークさせた「監視カメラの薄い場所」へ向かっていた。彼からはすでに、(飴貰いマシタ。いくつかの気配が近づいてきマス)との心話がルカを通して全員に発せられている。

周到にかけられた互いの網が、今まさに絞られようとしていた。


















-------

◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆第二部【陽の雫】目次


前のアップが夏至翌日とかでした… 本日は大暑。ぎゃあああゴメンナサーイ><


webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→

 ☆ゲリラ開催☆ 7/22~7/28 REF & water of love 一斉ヒーリング

 ★Open the Door Special★7/19~24 ミカエル・ヒーリング


 
関連記事

Comment_form

Comment

Re: 【陽の雫 98】 囮捜査 2 

待ってました☆

うふふ、早速続きが気になってしまいました☆
  • posted by ユキ印 
  • URL 
  • 2013.07/23 18:42分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 98】 囮捜査 2 

アップありがとうございます。
今回もドキドキの展開。。。
オーディンさん登場でホッとしました。

  • posted by あんず 
  • URL 
  • 2013.07/24 00:16分 
  • [編集]
  • [Res]

 

シエルくん助かって良かった…
攫われそうな所がリアルでちょっと怖かったです(;_;)
オーディンさんいて本当に良かった〜( ´∀`)

今は勿論、どの時代どこでもこういうことがない世界であって欲しいです。

そして続きがと~っっても気になります!
早く読みたいです:(;゙゚'ω゚'):
  • posted by つむみ 
  • URL 
  • 2013.07/24 08:15分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 98】 囮捜査 2 

昨日は本当に暑かったですね。

シエル君無事で良かったです。
オーディンさんの焦りっぷりとか安堵したところとか浮かんできそうです。

きちんと愛をもって怒ってくれる大人の存在って重要だな、と思いました。
  • posted by ぽちょる 
  • URL 
  • 2013.07/24 09:12分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 98】 囮捜査 2 

さつきのひかりさん、物語の続きありがとうございます。
今回もドキドキです。続きが気になります〜。

子供達が、飴を貰うのに、ひとつひとつの約束を守ったり、
自分の分を取ると後続の子供に場所を譲ったり、
今の私達(大人も含め)見習いたいですよね。
お話の中にちりばめられた、色々な人の想い、行動にも
いろんなことを感じました。ありがとうございます。
  • posted by むーみん 
  • URL 
  • 2013.07/24 11:21分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 98】 囮捜査 2 

久しぶりの物語でうれしいです♪
つい、私も飴が欲しいと思ってしまいました。w
ルビィの活躍が楽しみです。

  • posted by haru 
  • URL 
  • 2013.07/24 19:56分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 98】 囮捜査 2 

読んでいると、映像も声もBGMまで浮かんできます。この回も、絶対アニメで見たいベストシーンです。ルビィさんカッコカワイイですね。そしてシエルくんとオーディンさんのやりとりは胸が詰まってしまいます。また泣かされてしまいました・・・
  • posted by かほり 
  • URL 
  • 2013.07/26 18:45分 
  • [編集]
  • [Res]

 

わ~。
怖い。((((;゜Д゜)))
お話はすごく面白くて
リアルです!!
早く安心しいです。
続きをお待ちしております~。
そしてキラキラほのぼののお話を読みたいです~。
皆楽しくな~れ~☆

子供もよく寝てるし、さて寝る前にちょっと読んじゃおかな♪
なんて軽い気持ち読んでご免なさいm(。≧Д≦。)m
目、醒めました~。
  • posted by ゆえつん 
  • URL 
  • 2013.08/10 04:34分 
  • [編集]
  • [Res]

ご案内

Moonlight

Counter

Calendar & Archives

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

MONTHLY

Profile

さつきのひかり

Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

エンジェルリンクファシリテーター、
レインボー・エナジー・フレイム(REF)
ルシフェルの翼Calling You 開発者。
プロフィール詳細

コメントレスはできたりできなかったりで、のんびりですみません^^;
お手紙はこちらのフォームから。
土日はPCに触れないことが多いので、メールのお返事は平日になります。

携帯(ガラケー)版スマホ版

New entry

ブログ内検索

Instagram

Twitter



Ranking

右サイドメニュー

QRコード

QR