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【銀月外伝】 瑠璃色綺譚 2  ~ 天弦琵琶 ~

わたくしには、天変地異や戦乱が及んだ際には、何を措いても抱えて逃げると決めていた宝物がありました。

紫檀の胴に繊細な螺鈿細工で鳳を彩った、一面の琵琶でございます。
鳳凰は鳳が雌、凰が雄であると申しまして、よく二羽を向い合せなどで描かれるものですが、その琵琶には尾羽を長く引いた一羽が大きく描かれ、弦をはさんでその斜め上に花の絵柄という、非対称の少し珍しい意匠でございました。
それは婚礼の祝いの品のひとつで、祝賀のために新しく作られたばかりの、とても繊細に手の込んだ名品でした。

遠乗りから数日の後でしたでしょうか。
一部屋に並べた祝いの品々をご覧になっていた旦那様が、ふとその琵琶を手に取り、わたくしをお呼びになったのでございます。

「瑠璃華、鳳雛の琵琶が居ました。貴女に託します」
「鳳…雛、でございますか?」

つやつやと輝く美しい琵琶を受け取りながら、わたくしは尋ねました。旦那様が、よく文房具や器物の精とお話しになっているようだというのはなんとなく気がついておりましたものの、その内容まではもちろん追えるものではありません。

「そう。まだ生まれたばかりで、とても小さい。楽器としての音もまだまだ若いでしょうが」

名品には魂が生ずるということなのか、図柄が鳳でしたゆえ感応なさったのか、わたくしにはわかりません。
けれども人の目には見えぬ鳳のちいさな魂がそこには居て、旦那様から託されたのでございます。育ててくれと言われたわけではないのですが、わたくしにはそのようにも思えたのでした。

歌や舞をはじめ、笛や琵琶、箜篌など、糸竹のひととおりは花嫁修業で仕込まれておりましたが、それよりわたくしが他の楽器を忘れてしまったことは、どうぞお笑いになってくださいませ。
それに元々、琵琶は好きな楽器だったのです。かき鳴らす曲にはどことなく絹の道をゆく隊商の足取りが偲ばれ、西方の香りがするからかもしれません。

枕元に置いたまま忘れていたあの布製の人形は、婚礼の前の年に処分していたのでございますが、嫁ぎ先の館の臥所には、今度は頂いた琵琶が大切に置かれることになりました。



穏やかな昼下がりでございました。
空には白い雲がひろがり、お天道様はまあるいぼんぼりのようで、全体にほんのりと明るい光を部屋に届けております。

館の掃除を終えて、わたくしは開け放した窓辺から庭の木々を眺めました。
初夏の気候は暑くもなく寒くもなく、気持ちの良い風が入ってまいります。爽やかな香りのする風を、わたくしは胸いっぱいに吸い込みました。

旦那様は昨日凱旋して館においでになりましたが、そっと隣のお部屋に視線を投げますと、どこかにお出かけになったご様子です。
わたくしは安心して、窓辺に椅子を持ってくると愛用の琵琶を出して練習をはじめました。
もうすぐ従妹の婚礼があり、その席で一曲奏でる約束になっておりましたのです。

選んだ曲は婚礼にふさわしくゆったりとのびやかなもの。
天弦という名をつけて日々弾きこんでおりました五弦の琵琶は、深まってきたやわらかな音色がお気に入りでした。


 桃之夭夭 灼灼其華 之子于歸 宜其室家
  桃の木は若く、その花は燃え立つようだ。
  この娘が嫁に行ったら、その嫁ぎ先にふさわしい妻になるだろう。

 桃之夭夭 有粉其實 之子于歸 宜其家室
  桃の木は若く、その実はふっくらと豊かだ。
  この娘が嫁に行ったら、その嫁ぎ先にふさわしい妻になるだろう。
 
 桃之夭夭 其葉蓁蓁 之子于歸 宜其家人
  桃の木は若く、その葉はふさふさ茂っている。
  この娘が嫁に行ったら、その家の人みんなに喜ばれるだろう。


お式では歌をつける予定はありませんでしたが、伝えられている歌詞はそんなようなものでした。もう音は覚えておりましたので、左手で弦を押さえ右手で爪弾いておりますと、どこからか小鳥が飛んできて、ちょこんと窓の桟に止まります。
鳳雛たる天弦のお友達でしょうか。首をかしげて聴いてくれているような様子が可愛らしくて、わたくしは微笑みながら弾いておりました。

どれほど経ったでしょうか、楽しくていっしんに練習しておりましたら、ふと隣の部屋で紙を扱う音が聞こえました。
いつのまにか旦那様がお戻りになったに違いありません。お邪魔になってはいけないと弾くのをやめ、立ち上がろうとしたときでした。

「鳥が逃げるから動かぬように」

落ち着いたお声が投げられて、わたくしははたと動きを止めました。琵琶を抱えて立ちかけたまま、ゆっくりと窓辺の小鳥たちを見、それから目の隅で旦那様のほうを窺いますと、机で書き物をしていらっしゃるご様子です。

練習の間に増えていた小さな来訪者が窓辺でチチチと鳴きましたから、わたくしは慌てて椅子に座りなおしました。とりあえず彼らは逃げてはいないけれど、これからどうしたらいいのでしょう?

まばたきをし、ゆっくりと呼吸して、考えてみることにいたします。
旦那様がいらっしゃるのを知らずに拙い琵琶を弾いておりましたが、もしお邪魔であったならば、離席するよう言われるはずでございます。ここから動かないようにと言われたということは、弾いていても大丈夫なのかもしれません。

そう信じてと申しますか、固まったままの沈黙に困り果てて、破れかぶれにわたくしはまた琵琶を構えました。
窓枠に切り取られた新緑の竹林を背景に、四羽にも増えた小鳥たちが、首を傾げて催促するようにこちらを見ています。

「うるさくないかしらね?」

彼らにだけ聞こえるような小さな声で囁きますと、一番小さな白いお腹の子が、ぱささと黒っぽい翼を広げて部屋の中に入ってきました。琵琶の弦を張る糸巻のところにちょこんと止まり、可愛らしい尻尾を振ってこちらを見ております。窓の桟には、灰色の頭がふさっとした子たち。
鳥たちは鳳凰族の眷属なのでしょうから、それならばうるさいとまでは思っておられないのかもしれません。

あまり激しいものを避け、お仕事の邪魔にならないような曲を選んで、弦に指を踊らせます。
緑淡き竹林を渡る風は、悠久なる大河のさざめきを運んでくるようです。
旦那様からお預かりした天弦の音をお聴きくださっている(お邪魔にはされていない)というのも嬉しく、さやさやと歌う木の葉ずれにあわせて弾き始めれば楽しくて、わたくしはまた時間を忘れてしまうのでした。

「小さいのは、银喉长尾山雀(エナガ)。あとは栗耳短脚鹎(ヒヨドリ)が多いようです」

曲を終えたわたくしに、隣の部屋から声がかかります。驚いて振り返りますと相変わらず机でお仕事中で、こちらをご覧になっているわけではございません。
ですがどうやら、わたくしが小鳥たちに話しかけているのをお知りになって、鳥の種類を尋ねているのかとお思いになったようでした。

「…はい。ありがとうございます」

律儀な旦那様に微笑み、小鳥たちに聴いてくれたお礼を言って、わたくしは琵琶をきれいに拭って大事に枕元に戻しました。だいぶん陽が傾いて参りましたから、旦那様の御机に灯を用意してから夕餉の支度に向かいます。

それから時々、旦那様が戦場から館へお戻りになっていらっしゃるときにも、わたくしは窓辺で琵琶を奏するようになりました。
もちろんお邪魔にならないよう、旦那様が席を外していらっしゃるときに始めて、戻ってこられて離席を求められたらすぐ動けるような心づもりです。
窓に来てくれる小鳥たちも目安でした。

お互いに顔を見るでもなく半分背をむけて、言葉を交わし合うでもありませんでしたが、それでもうるさいと言われることはありませんでした。

それはわたくしにとって、とても大切な時間だったのです。
大切に育てている鳳の雛を… 息女の成長を旦那様にお見せしているような、そんな気分でもございました。

夫婦仲が芳しからぬのは、妻女が石女で魅力も足りぬからだと揶揄されることには慣れてしまいましたが、それでも心は痛みます。

領主たる義理の両親様は、やはり御子様の子を待ち望んでいらしたのでしょう。国を継がせることはできぬけれど、守護としては末永くいてもらいたいというのは、自分勝手ではございましょうが、一面自然な想いでもございます。

それになにより、領主様方は人の親としても、子を生して家族ができたなら、契約の役割が終わっても人として長く暮らしてゆけるのではないかと、願っていらしたのではないかと思うのです。
まして母君様にとっては、鳳凰族の借り子とは申してもご自分の腹を痛められたお子。二人のご兄弟となんら変わらず、どうか末永く幸せにいてほしいと願うのは、母として自然な心持でございましょう。

さらに申しますならば、同じく我が子として生まれましたのに、長子たる旦那様には跡を継がせることもできず、きつい戦いに出してばかりであることへ、おそらくは後ろめたさもおありだったのだと思います。

それが感じられておりましたゆえに、婚姻から何年経っても子を生せぬばかりか、臥所まで別のままなのはお前が至らぬからだと、顔を真っ赤にして叱責なさる領主様の前で、わたくしは平伏しているほかありませんでした。
今から思えば八つ当たりではあったとしても、そうするしかないほど、領主様方のお心のうちは複雑でございましたのでしょう。

他の娘をあてがおうという話も、何度も出たそうでございます。
娘のあてをつけたからと、名前まで耳にしたこともございますが、そのお話はいつの間にか立ち消えになってしまいました。
思えば旦那様からすれば、最初から一般的な妻は要らぬ、公的な役割のみこなせればよいのと仰せなのでございますから、子を生さぬからといって、あえて妻女を取り換える必要もなかったのでございましょう。
おそらく領主様からは何度かお話が行ったはずとは思うのですが、旦那様はお気に留めておられなかったのかもしれません。

家事と公事をこなすこと、妻として公の責務を全うすることにかけては、わたくしは一切手を抜きませんでした。誰にも後ろ指をさされることのないよう、そして国内に余計な敵を作ることのないよう、つねに心を配っておりました。

そう申しますとなんだか偉いことのようでございますが、実際はそれしかできなかっただけなのです。
国を向いておられるあの御方を支えるために、他に何ができるか考えてもわからず、ひたすらに頑張っていただけなのです。

鳳凰族からの借り子であり、領主様のご長子にして最も強き客将たるあの御方のお立場は、非常に微妙なものでした。
戦場に置いては活躍を嘱望されますが、どれほど功を立てても全軍の長に任命されることはございません。それは弟君の位置だからです。

一の弟君は国の跡継ぎ、二の弟君はその補佐。旦那様は、いわばお二人の優秀な剣でありました。
弟君達は大らかな性格の方々でございましたが、側近の者たちには口さがない者もおります。
よく切れる剣がただの武器以上であることをわずかに匂わせるだけでも、やれ翻意ありと彼らは恐れに取りつかれて騒ぎ出すのでした。

もちろんその恐怖の視線は、わたくしの一挙手一投足にもそそがれております。ですから旦那様が戦場の敵だけに専念しておいでになれるよう、親族間において間違っても出しゃばって睨まれてしまうことのないように、いつも気をつけておりました。

命のかかる戦場を駆けることに比べるべくもございませんが、旦那様の戦場での無事を祈りつつ細かい身内の人間関係に気を張っている中、託された天弦の存在は、わたくしのこよない慰みとなってくれたのでございます。



征旅に出られてめったにお戻りにならない旦那様を待ちながら、そうしていつのまにか、二十年ほども経ちましたでしょうか。
ある冬の夜、わたくしはどうにも収まらぬ胸騒ぎに臥所から起き出して、窓を開けてみました。

昇ったばかりの下弦の月が遠く山の端を照らし、空には満天の星。
少年の日のあの御方が、瑠璃色の空と評した藍濃き色合いでございました。

窓の桟にかけた手がどうにも震えて、胸の前に合わせて握りしめます。もしや遠く出向先の旦那様に何かあったのだろうかと、不安が全身を襲いました。

(大丈夫、きっと大丈夫…)

呪文のように唱えながら、枕元の天弦を抱きしめます。真夜中ではございましたが、窓辺に椅子を出して震える手でそっと弦をなぞり始めました。

自然に唇をついた曲を琵琶を低く奏でて口ずさみつつ、星空を見つめる目からはなぜか涙がこぼれました。
途中からは歌うこともできなくなって、きつく唇を噛みしめながら、それでも曲を奏でました。

天の星々がにじみ、次々と頬をすべり落ちてゆきます。
船のかたちをした半月は、溶けた星を受けるのでしょうか。それとも涙の川を進むのでしょうか……
遠い旦那様に、曲を届けることはできるでしょうか。

夜が白みはじめ、月がゆっくりと立ち上がるまで、無心に天弦を弾き続けました。
そうして夜が明けたあと、早馬の到着によって、わたくしは不安が的中したことを知ったのでした。



 菁菁者莪 在彼中阿 既見君子 樂且有儀
  茂った莪(あざみ)は  大きな丘に いまわが君を見まするに 楽しまれてしかも法があります

 菁菁者莪 在彼中沚 既見君子 我心則喜
  茂った莪は 川の洲に ここにわが君を見ますると 我らの心も喜びます
 
 菁菁者莪 在彼中陵 既見君子 錫我百朋
  茂った莪は あの丘に わが君こそが 幸いをくださいます

 汎汎楊舟 載沈載浮 既見君子 我心則休
  楊の舟は 流れのままに わが君を見れば 我らはみな喜びます …
















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◆【銀の月のものがたり】 道案内

◆【外伝 目次】


新月夏至の日に。


中国の琵琶は、日本のものとはだいぶ趣が違います。
膝の上に立てて構えますし、バチを使わず爪で弾くのが多いようです。
音色はけっこう情熱的な気がしますw


http://youtu.be/4WuGvVYPIiA

「高山流水」という古曲らしい。


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Re: 【銀月外伝】 瑠璃色綺譚 2  ~ 天弦琵琶 ~ 

あ~…切ないです…。
別れの挨拶もなく、突然だったのでしょうか(T△T)

瑠璃華さんの尽くしっぷりも半端なく。スゴイ…。
そんな瑠璃華さんに旦那様も、きっと癒されていたかと。
二人の間に、愛の行き来は確かにあったと思います。

琵琶はどうなったのでしょうか。
ご息女の行方も何となく気になってみたり…。

一筋に全力で尽くしきるところが、トールさんにもアルディアスさんにも通じる感じがしました。
  • posted by ももんが 
  • URL 
  • 2012.06/21 18:16分 
  • [編集]
  • [Res]

 

お話待ってました!\(^_^)/
とっても切なくて泣けました(>_<)
お話も美しく映像化してるみたいに読ませてもらいました。

むずかしい漢字がいっぱい~
  • posted by 藍☆ 
  • URL 
  • 2012.06/21 23:43分 
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  • [Res]

Re: 【銀月外伝】 瑠璃色綺譚 2  ~ 天弦琵琶 ~ 

わくわくどきどきしながら、読ませていただきました。
あ~なんて切ないのでしょうか。。。。
映像が目に浮かんできます。
続きが楽しみです。
  • posted by ねこまま 
  • URL 
  • 2012.06/22 08:28分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【銀月外伝】 瑠璃色綺譚 2  ~ 天弦琵琶 ~ 

ため息が出るほど、美しくて切ない物語ですね。
  • posted by bebe 
  • URL 
  • 2012.06/27 11:41分 
  • [編集]
  • [Res]

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