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【陽の雫 87】 時移りの神事 1

夕焼けの色を帯びてきた太陽が、遠く西の山に身を寄せようとしている。

神殿の中庭と回廊には巫女や神官たちが揃い、手に手に鈴を鳴らしながら聖歌を歌っていた。
水に広がる波紋のように音の響く広い庭の中心には正方形の舞台がしつらえられ、白くゆったりした式服をまとい矢筒を背負ったアルディアスとルカが、弓を片手に背中合わせに立っている。

ヴェールの各地で同時に祭祀が行われるのは、夏の大祭と同じだ。
陰陽の神事ほどの強さではないにしろ、輪を描きグリッドを満たしながら大神殿に寄せてくるエネルギーの波が感じられる。

これまた大祭ほどではないにしろ、引き上がっているアルディアスの精神波はその波動を受け止め流して、周囲にはゆるく風がまいているように感じられた。
大祭のときの神は、本格的に降ろすのは夏の神事だけだ。
しかし元がその神官と系統の連なる光であり、儀式や瞑想によって引き上げられた精神は他の神事でも似たところまでかぶるようになる。
今日のアルディアスも、化粧せずともどこか透明で中性的な雰囲気を醸し出していた。

せまる宵、長い銀髪をゆるやかな風がまきあげてゆく。
白い服も宵闇にうっすらと発光しているように見えるのは…… 気のせい、なのだろうか。
護る世界の中に想い人の存在をとらえたか、その人の唇にかすかな微笑みが浮かんでいるとわかるのは、弓術の腕によって次席祭主に抜擢されたルカの意識もまた、風に乗るようにこの場に広がって溶けているから。

つるべ落としの秋の陽が神殿の真西に建てられた二本の塔の間をまっすぐに滑り降り、塔を結ぶ橋をくぐったとき、神事は始まる。

リィィィィィン…

アルディアスの矢が鈴のように鳴り、空間を真西にむけて切ってゆく。
追いかけるように来る季節の背を押すように、輪唱を続けてルカの矢が東の塔の間を射る。

リィンリィィィィィン…

東西の矢が遠く長鳴りしているなか、南北の矢がまた少しずらして放たれる。
二輪唱は四輪唱となり、それに巫女たちの鳴り物と歌が加わる。

陽が落ちて朱の残る西の空、藍色の紗をひいたあたりに三日月の小舟がかかっていた。
澄んだ音の曼荼羅は中央大神殿に留まらず、波紋を描きグリッドの光をふるわせてヴェールのすみずみまでを満たしてゆく。

波の真ん中を奏でる矢音は、いつまでも途切れないように思えた。
放たれた矢も三次元の世界で見つかることは、ない。
奥院の上の世界を通って星のまわりをめぐるのだと子供たちは教えられていたし、それが間違いでないことは大神官ならばその目で見ている。

朗詠に参加しながら、アルディアスの意識は遠く四方の矢を追っていた。
セントラルの大神殿から東西南北に放たれた光は、澄んだ鈴の音を曳きつつ季節を告げてゆく。街に、海に、山に、森に、平野に、荒れ野に。
かすかに響く音色は大祭のときと同じように、すべての神殿の波紋とも重なりゆらめきあってその力を強め、護りの精緻なレース編みをそっとひろげてゆく。

グリッドのすべての点がきらめいて力を貯めはじめると、アルディアスは閉じていた目を開いた。
宵闇の中、控えの神官から今度は火矢を受け取り、ルカとともに四方の松明に点火する。香りのよい篝火が燃え上がり、その灯りは子供たちの持つちいさな蝋燭に分けられて、手から手へと広がっていった。

朱い火影に弓を持ったままの自分の手がうつり、アルディアスの唇に自嘲がうかぶ。

目に見えない赤は、掌からしたたる人血の色。
彼が今まで戦場に斃した者たちの生きていた証。

(レイリー……トーマス……アーノルド……クラウス…………)

唇を動かさず唱えるのは、知る限りの死者たちの名前。戦場で出会い直接剣にかけた者たちの顔も、アルディアスはすべて記憶していた。

それを忘れる気は、彼にはない。
戦場で銀色の魔物と呼ばれる、それを否定する気もない。
たくさんの相手を斃し、その命を奪ってきたのだ。
聖なる空間であれ大神官という立場であれ、変わらずに罪は彼の背の上に在りつづける。

それでも、彼はここに立つ。
後継を任せられる人材があれば惜しいものではないが、責任が双肩にある以上は、こうして聖なる場にも立ち続ける。
たとえ、どれほどに罪深いことであったとしても。

昼と夜の時間が等しい時移りの神事は、死者の祭りでもある。自らが手にかけた者たちをも、彼は喚びかけ、道を示し、ひたすらに安寧を祈る。
それは彼の毎夜の祈りと同じだった。

凛とした覚悟を秘めた大神官の祈りが高く音無く奏でられ、付き従うように半歩下がってルカの祈りがその周囲を取り巻いてゆく。
肉眼には見えずとも、確かになにかの波が大神殿からゆるやかに広がっていた。

(すごい……)

鈴を鳴らす手も止まりがちになりながら、シエルは目を丸くして舞台を見つめていた。うっすらとした光の粒子が、舞台上の二人を取り巻いているようだ。
鈴からちいさな灯のともった蝋燭に持ち替えても、少年は心ここにあらずの態だった。

この星を代表する二人の神官の織りなす祈り。
素直にすごいと思うと同時に、どうしようもない孤独感が華奢な背筋を滑り降りて、知らずシエルは身をかたくして唇を噛みしめた。

届かない。
届かない、届かない。

どんなに自分ごときが頑張っても。
どんなにルカのことを家族のように大好きになっても。
透明な光と風をまとい中央に立つ、あんな彼は知らなかった。

孤児で神殿に来たから世話になっているだけで、思いあがってはいけなかったのだ。
どんなに良くしてもらっても、やはり自分はルカを知らない。そして自分も、たくさんいる子供達の一人にすぎないのだ。

……また、置いてきぼりになる。

廃墟と化した家の前、たったひとり取り残されたときの記憶が音をたててよみがえり、シエルは必死で涙をこらえた。
どんなに息をきらして泥だらけになって走っても、死ぬまでもうけっして追いつけない大好きな家族。

二度と抱きしめてもらえない。頭を撫でてもらうことも、冗談や我が儘を言うことも、笑いあうことも。
ぽっかりと空いた昏い穴は、一年経ってもやはりそうそう埋められるものではなくて。
ルカやオーディンやアルディアスら、大好きな人たちがいても…… いや、大好きだからこそ、彼らとの立ち位置の違いまでが鋭く少年のこころを抉ってゆく。

自分は彼らのようではない。
十歳の少年と大人とを比べること自体が間違っていたとしても、それでも彼らのようになりたいのだ。
守られるばかりではなく、優しくされるばかりではなく。
彼らのような大きな背中と優しい笑顔を持つ男性でありたい。誰かを護る存在でいたい。

役に立ちたいと心底願うのは、幼い指からこぼれ落ちたいのちが忘れられないからかもしれない。
父親が出征して居ない分、母と妹を護ろうと兄と約束していた。それなのに、兄は帰っていたのに自分は護れなかった、と常に自らを責め苛んでいるからかもしれない。

大事なものを護れず約束に取り残された悔恨、そしてたった独り置いてゆかれてしまった孤独は、寝ても覚めてもシエルに尽きせぬ後悔の毒を吐きかける。
自分がもっといい子だったら、家族は死ななくてもよかったんじゃないか。理不尽だとわかっていてもそんな思いに囚われると、容易には抜け出せなくなってしまうのだった。

ぐっ、とシエルは歯をくいしばった。
気を抜けば嗚咽が漏れてしまいそうだ。

家族はいない。これでルカにもまた、置いてゆかれたら。
走っても走っても、遠いまま追いつけることがなかったなら。
ぽつねんと取り残された海の中、自分はどこに寄るべをみつければよいのだろう?

幼いルカを知っていたアルディアスが羨ましい。
一緒に仕事のできる人達や、対等に話のできるオーディン達が羨ましい。
もしも能力があったら、彼らは自分だけを見てくれるだろうか?

いや、自分は孤児なのだ。たくさんの親のない子のうちの一人なのだ。だから自分だけが愛されることはない。
それは当然のことで、特別扱いはできないのだ。
誰が悪いわけでもない。

だけど、だけど、わかっているけれど…… 遠い。

頭が唱える言葉と心が必死に伸ばす手の感覚に差がありすぎて、少年は顔を伏せて手元の灯りを見つめた。

ゆらゆらと心細げに揺れるちいさな火。
こらえていた涙がぽろぽろと胸に落ちて、ともすると消えそうになる。
これが消えたらルカとのつながりまで切れてしまうのじゃないか、今度はそんな不安にさえ、ずるずると囚われてしまいそうになる。

そんなとき、神事を継続しながら細い心話がかわされた。

(ルカ。ここはいいから、シエルのほうに割いてあげて)
(……でも、アルディアス様)
(大丈夫)

取り残されただけでなく、家族の遺体を発見してしまった少年の痛みは、大人たちも気にしていることだったのだ。
季節がひとめぐりして同じ秋色に景色が染まる中、思い出が浮き上がって彼の傷はまた痛むだろう。
それに神事の主役として参加しているルカを見るのも初めてのはずで、そうなれば孤独感を募らせることもあるだろうと思われた。

(目の前で家族を喪うのは辛いことだから。まだ一年なのだしね……)
(ありがとうございます)

礼を伝え、ルカの意識が最低限を残して離れていった。


















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Re: 【陽の雫 87】 時移りの神事 1 

透明感のある美しいきらきらした風景が、目に浮かぶようです~。うっとり。
映画「アバター」を見たときのような、
遠い星か異次元に、違う空気感で存在する現実・・・
う~んうまく言えないけど、妙にリアルな空間の広がりを感じました。
アバターは映像だけど、文章でそれを伝えちゃうってスゴイ!!

私、今年は和弓をはじめようと決心したんです。
募集タイミングが4月なので、今は待ちの状態なんですが、
そんな時にこの物語で、いやん。タイミング良すぎる。
やるぞうという気分が、よりいっそうもりあがりました!

続編まってます!!
  • posted by じらふ 
  • URL 
  • 2012.01/29 22:46分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 87】 時移りの神事 1 

わあい!今日読めるなんて!
絵のような音のような重なった思いや情景や時間。
皆さんの思いは切なくて言及できないけど。
続き楽しみにしていますね。
  • posted by フォーレル 
  • URL 
  • 2012.01/29 23:39分 
  • [編集]
  • [Res]

 

シエル君の気持ちなんかわかるなあ…

そんな必要ないのに引け目を感じちゃったり、
私の場合それを見せまいと逆にかわいくない態度になってしまったりするんですよ…

戦災孤児の心の傷とは比べものにならないですが(^-^;
ルカさんやアルディアスさんが気付いてわかってくれることが、うれしい。

みずから孤独やひがみの道に行かないようにしよう…

ちょっとばかり、今の自分の感情に反応するものがあったのでコメントしてみました。
  • posted by なごみ 
  • URL 
  • 2012.01/30 07:23分 
  • [編集]
  • [Res]

Re: 【陽の雫 87】 時移りの神事 1 

ん~っ。前回といい涙がこみ上げます。
孤独感。自分の中にもある事をさらに確認しました・・・。

最近またアルディアスさんとリフィアさんのくらくらするほどうらやましくなるような話が読みたいなぁと思っていました。
寒い季節ですのでお待ちしております♪
  • posted by なみち 
  • URL 
  • 2012.02/01 14:34分 
  • [編集]
  • [Res]

なんだか 

シエル君の気持ち、なんだかわかります…,
それはきっと我が子とシエル君を重ねて見ているのか(今生では大丈夫です。)
いつぞやの過去生の自分の刻まれた記憶なのか…

切ないですね。
  • posted by 遥風 
  • URL 
  • 2012.02/01 17:02分 
  • [編集]
  • [Res]

おへんじ 

>じらふさん
おお~ありがとうございます! 嬉しいです♪
和弓いいですねえ。太極拳を習っているので増やせないですが、体験だけでも一回行ってみたいです♪


>フォーレルさん
ありがとうございます♪
時の移る節分の節句に続きもアップしてみました~w


>なごみさん
ありますよねぇそういうこと。。。
私も可愛くない態度になってこじらせてしまうタイプです←


>なみちさん
孤独感はきっと、誰の中にもあるのでしょうね。
リクエストありがとうございます。了解しましたwww


>遥風さん
今ではなくとも、重なる部分がおありなのですね。。
シエル君とともに、すこしでも心の傷がいやされますように。
  • posted by さつきのひかり 
  • URL 
  • 2012.02/03 16:05分 
  • [編集]
  • [Res]

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神殿には、建物のそばにいくつか水の溜まり場があって(確かw) 泉や池と呼ぶには小さいその水場に座って本を読むのが好きだった。 底は魔法がかかっているかのように青白く光り...

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Author:さつきのひかり
物語を書くこと、一斉ヒーリングをすること、それに太極拳とケルトハープが趣味♪
最近はワイヤーワークにもはまり中。

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